捕食よりも種内競争の淘汰圧が強い?

 種内(個体群内)の激しい競争が強い淘汰圧となり表現型が変化するというのがダーウィン以来の進化の一般的な考え方です。表現型の変化というのは、体サイズが大きくなったり、脚が相対的に長くなったりといった形態変化を含みます。


種内競争といっても、餌資源をめぐる競争、なわばりをめぐる競争などさまざまです。一方、捕食者からいかに逃げ延びるかも重要な淘汰圧となります。捕食者に襲われると直接死亡に結びつくため、その淘汰圧は強いと考えられています。


 新熱帯(主にカリブ海周辺地域)に分布するアノール類(Anole spp.)は進化生態学の観点からさまざまな調査が行われてきました(参考:島が大きくなるほど種分化がおこりやすい)。カリブ諸島のアノール類は、島ごとに独立にさまざまな生態タイプ(ecotype)が進化してきたと言われています。例えば、相対的に脚の長いタイプは敏捷性にすぐれ採餌やなわばり防衛に有利であったり、体サイズの大きなタイプは闘争に有利で資源へのアクセスにすぐれていたりします。このような形態変異は、個体間でのさまざまな資源分割や捕食者による影響と関連していると考えられています。どのような淘汰圧がこのような生態タイプを生み出して来たのでしょうか?


 アノール類一般に、大陸個体群では島嶼個体群よりも、個体群密度が低く、餌資源は多く、成熟期感が短く、性的二型が顕著でなく、そして成虫寿命が短い傾向にあります。これらのパターンから予測されることとして、大陸大陸個体群では捕食による淘汰圧が強く、島嶼部では種内競争による淘汰圧が強いということです。


近年の野外実験により、種内競争と捕食のいずれもが重要な淘汰圧になっていることは知られています。しかし、その相対的な重要性はこれまで知られていませんでした。


 アノールの生態タイプの進化について、種内競争と捕食の相対的な重要性を明らかにするために、バハマ諸島においてブラウンアノール(Anolis sagrei)とその捕食者(鳥とヘビ)を使って野外実験を行った。

 実験にあたって、類似した植生と地形をもつ7つの小島(800-2300m2)を選び、捕食者なしの島(島数=2)、鳥捕食者のみの島(2)、鳥とヘビ捕食者の島(2)、コントロール(1)を設定した。捕食者なしの島では、すべての捕食者を除去するために、島をネットで囲い鳥捕食者の侵入をなくした。また、これらの島々にはもともとヘビ(Alsophis vudii)が生息しなていないが、近隣の大きな島から捕獲し導入することで、鳥とヘビの両方の捕食者がいる島を設定した。



ブラウンアノール(by Ianaré Sévi


 近隣の(大きな)島の個体群からブラウンアノールを多数採集し、目印をつけ上記の処理を行った島々に放し(島あたりオスで40-150個体、メスで149-232個体)、一般に島で見られる密度(0.09-0.30個体/m2)に調整した。4ヶ月後に再捕獲を行い(再捕獲率約95%)、再捕獲された雄個体の体サイズ(先から排泄口までの長さ)、後脚の相対的な長さ、そしてスタミナ(ランニングマシンの耐久時間)を測定した。


 結果、捕食者の有無が異なる島々で、ブラウンアノールの生存率と行動に変化が見られた。鳥とヘビの両方の捕食者のいる島で、最も生存率が低く、また行動変化がみられた(止まり木の高さが上昇していた)。しかし、捕食者なし島と鳥捕食者のみの島では生存率と行動に変化はなかった。


 また、捕食者なしの島、鳥捕食者のみの島、鳥とヘビ捕食者の間で、体サイズ、後脚の相対的な長さやスタミナの淘汰圧の強さは変わらなかった。しかし、調査した合計7つの島で、密度を横軸にして、体サイズ、後脚の相対的な長さとスタミナの淘汰圧の強さを縦軸にとって調べると、密度の上昇とともにこれらの淘汰圧も増加していた。1平方メートルあたり0.2個体の前後で低密度と高密度の島に分けてその間の差を調べても有意な差が見られた。さらに種内競争、捕食、種内競争+捕食でのモデル選択においても、種内競争がサイズやスタミナに働く淘汰圧として最も重要であった。


 つまり、ブラウンアノールは、捕食者によって生存率の低下し行動も変化したものの、体サイズやスタミナにはむしろ個体群内の密度(種内競争)が強い淘汰圧となっていた。


文献
Calsbeek R, Cox RM (2010) Experimentally assessing the relative importance of predation and competition as agents of selection. Nature 465: 613-616.


 実験で使用した島の数がそれほど多くありませんが、いろいろな意味でユニークな実験設定だと感じました。また、ブランアノールを全部で1329個体も導入して調べているところや、鳥の侵入を防ぐために島全体にネットをかけるという労力もなかなか。


 バハマ諸島は多くの小さな島々からなるため、島内からアノールを除去したり導入したりすることで、野外実験が行いやすいのでしょう。ただ、導入したアノールやヘビは全部ちゃんと回収できたのかどうか、ちょっと気になるところです。