アレンの法則(Allen's rule):鳥の嘴は高緯度ほど小さい

 動物の体サイズの地理的変異に関するパターンとして、ベルクマンの法則や、フォスターの法則(島の法則)などがあります(参考:島が大きくなると体サイズが増加する?島の法則)。


 ベルクマンの法則は1847年に Christian Bergmann によって提唱されたパターンです。その内容について、もう一度引用しておきます。


 恒温動物の場合、体温を保つために、体表から放出される熱を発汗によって調節する。一般に体長が大きくなるにつれて体重あたりの体表面積は小さくなる。温暖な地域の方が寒冷な地域より放熱を頻繁に行う必要があるため、体重あたりの体表面積は大きい方(小型である方)が有利であり、逆に、寒冷な地域では温暖な地域より体温を維持するために体重あたりの体表面積が小さい方が(大型である方が)有利であると考えられる。


Wikipediaベルクマンの法則から引用


 類似した法則としてアレンの法則(Allen's rule)というのもあります。ベルクマンの法則から30年後の1877年に Joel Asaph Allen によって提唱された法則です。これについても引用しましょう。


 「恒温動物において、同じ種の個体、あるいは近縁のものでは、寒冷な地域に生息するものほど、耳、吻、首、足、尾などの突出部が短くなる」というものである。これも体温維持に関するもので、このような体の突出部は体表面積を大きくして放熱量を増やす効果がある。温暖な地域では、そのような部分の拡大は放熱量を増やすことで体温維持を容易にすることになる。逆に寒冷な地域ではその部分から体温を奪われるという点と共にそのような部分の体温を維持するのが困難なため、凍傷になりやすいという問題点がある。


Wikipediaアレンの法則から引用


 アレンの法則は、その是非をめぐって1950年代に少し論争になったことがあるものの、ベルクマンの法則ほどは知られておらず、少し地味な印象のある法則です。またアレンの法則の実証例についても、主に哺乳類で種内変異が調べられているものの、さまざまな種を対象にした比較研究は、鳥の脚サイズに関するわずか2例にすぎないそうです。


 そんな埋もれつつあるアレンの法則ですが、鳥の嘴に注目し、複数の分類群を使って実証した興味深い論文が出版されました。


考えてみれば、オオハシとかサイチョウとか、体の割に巨大な嘴をもった鳥は熱帯に多いのです。



オオハシの一種 Ramphastos sulfuratusby Ken Thomas


 鳥は全身を羽毛に覆われており、嘴は外気と接するため放熱によって体温を調節する重要な役割をになっていると考えられている。例えば、外気温18ー25℃環境下でサーモグラフィーによっていくつかの鳥を調べると、嘴と外気温の温度差は、オニオオハシ(Ramphastos toco)で10.7℃、カツオドリ(Sula leucogaster)で6.6℃、レア(Rhea americana)で13.1℃、ハイイロガン(Anser anser)で15.2℃もあった。つまり、気温の高い低緯度地方では嘴が大きい方が放熱量を増やすことで体温維持を行いやすいのに対し、気温の低い高緯度地方では嘴が小さい方が放熱量を抑え体温を維持しやすい可能性がある。


 そこで、鳥の(体サイズに対する相対的な)嘴の大きさがアレンの法則に従うかどうかを、計214種(オオハシ科 Ramphastidae、ハバシゴシキドリ科 Lybiidae、オウム科 Psittaciformes、カエデチョウ科Estrildidae、キジ目 Galliformes、ペンギン科 Spheniscidae、カモメ科 Laridae、アジサシ科 Sternidae)を使って系統比較解析を行って検討した。


 体サイズと系統を考慮して解析した結果、214種では緯度と嘴サイズには負の関係が、分布域の気温と嘴サイズには正の相関関係が検出された。分類群ごとでは、キジ目、ペンギン科、カモメ科、アジサシ科で緯度が増加するほど嘴の相対サイズは減少した。また、主に熱帯に分布するオオハシ科とハバシゴシキドリ科については、標高が高くなるほど嘴の相対サイズが減少した。さらに、オウム科、キジ目、ペンギン科、カモメ科については気温とともに嘴の相対サイズが増加する直接の証拠が得られた。


 ちなみに脚の相対サイズについては、キジ目をのぞいて緯度と有意な相関関係は検出されなかった。


 以上の結果から、嘴の相対サイズは低緯度ほど大きく、高緯度ほど小さくなる傾向があり、これはアレンの法則に従っている。


文献
Symonds MRE, Tattersall GJ (2010) Geographical variation in bill size across bird species provides evidence for Allen’s rule. American Naturalist 176: 188-197.


 鳥の嘴といえば、採餌など生態的な機能の重要性に目を奪われがちですが、体温調節という生理的な重要性に注目し、これをアレンの法則と関連づけたところにおもしろさを感じました。


 論文には、代表的な数種のサーモグラフィーで撮影した写真が含まれており、(今回の論文のオリジナルな結果ではないけれど)嘴の体温調節の重要性を示す上で説得力がありました。


主観的な意見ですが、こういう写真があるだけで雰囲気をうまく伝えられると思います(論文には是非写真を!)。