筆箱効果:地球の幾何学的なパターンから多様性勾配を説明できる?

 高緯度地域(極、寒帯、温帯)から低緯度地域(熱帯)に向かうにつれ生物の種数が多くなるのはかなり一般的な現象です。この多様性勾配を生み出すメカニズムとして、低緯度地域の方が生物種間の関係が深いという仮説や、高緯度ほど分布域が広くなるという仮説(ラポポートの法則)などがありました。しかし、生物の種間差やそれぞれの特徴を無視してもこの多様性勾配を説明できる仮説があります。


 一つ目は、低緯度地域の方が高緯度地域よりも面積が広いということです。一般によく目にする世界地図はメルカトル図法と呼ばれる手法で描かれていますが、球体である地球を四角の紙に押し込めるため、面積のゆがみが生じています。つまり、低緯度地域よりも高緯度地域の方が面積が大きく描かれています。例えば、グリーンランドオーストラリア大陸よりも大きく見えますが、実際はオーストラリア大陸のわずか29%の面積しかありません。



メルカトル図法で描かれた世界地図(高緯度ほど面積が大きく描かれてしまう)


実際に球体である地球を考えて、同じ緯度区間で高緯度地域と低緯度地域を比較したのが次の図です。これを見ると、陸域および海域とも、高緯度地域よりも低緯度地域の方が相対的な面積が大きくなります*1



地球{低緯度地域(ピンクの囲み)の方が高緯度地域(黄色の囲み)よりも相対的に面積が大きい}(Picture of Earthより)


 つまり広い面積をもつ地域には種数が多いのはあたりまでしょう。つまり、環境要因や生物的な要因を考え無くても良いわけです(参考:島面積と種数の関係:ランダム分布)。ただし、実際には単位面積あたりで比べても低緯度の方が高緯度よりも種が多いので、環境要因や生物的な要因が関係している可能性も高いでしょう。例えば、種は面積が大きな地域ほど種分化率が大きく、また絶滅率は小さいということも報告されています(参考:島が大きくなるほど種分化がおこりやすい)。


 二つめは、低緯度地域(熱帯)は地球の(地軸にそった)真ん中にあるということと関係した考え方です。地球上すべてが同じ気候条件下として陸地を対象に、分布範囲が異なる種をランダムに配置すると、必然的に大陸の中央部分に種が多くなるという予測があります。これは「中間地帯効果(Mid-domain effect)」と呼ばれる現象で近年実際に観測された例が報告されるようになりました。この効果を最初に示唆した Robert K. Colwell による説明を以下の文献から引用しておきます。


コルウェルは広い分布域をいくつかと、狭い分布域をいくつか選び、それを大陸のあちこちにランダムに並べた。


 すると、大陸では中央に近いほどより多くの種が見られることがわかった。そこでは多くの種の分布範囲が重複するからだ。ということは、もしもこの世界がランダムに分布しているとしたら、より多くの種が赤道周辺に集まることになる。なぜなら、赤道はほとんどの海と大陸の中央部分を通過しているからだ。


コルウェルは、世界を筆箱にたとえてこの結果を説明した。筆箱に、短いものから、かろうじて入る長いものまで、異なる長さの鉛筆を入れる。長い鉛筆は分布範囲の大きい種、短い鉛筆は分布範囲の小さい種を表す。筆箱を振り、鉛筆の位置が不ぞろいになるようにする。箱からはみ出す者がないのは、陸上生物が海にすめないのと同じである。そして筆箱の何箇所かを横に切って、各横断面にどれだけの鉛筆(種)があるかを見る。すると中央の断面にはより多くの鉛筆があるはずだが、それは筆箱の中央が鉛筆に適しているからではなく、筆箱の半分以上の長さがある鉛筆はいずれも箱の中央にそのどこかがかかっているからだ。種も、たとえ環境が一定だとしても、このように分布するはずだとコルウェルは主張した。


生き物たちは3/4が好き 多様な生物界を支配する単純な法則」p.275より


このたとえは「筆箱効果(Pencil box effect)」として2004年の American Naturalist 誌にて詳述されている(下記文献参照)。


 つまり、環境的、生物学的な要因を除いても、必然的に熱帯域で種が多くなるというパターンが現れるということです。これは、高緯度地域で分布域が広い種が分布するという「ラポポートの法則」を部分的に説明できるかもしれません(ただし、中間地帯効果の予測では分布域が狭い種はランダムに分布するはずだが、実際は中央、つまり熱帯に多い)。しかし、ラポポートの法則が予測する高標高域の方が低標高域よりも分布範囲が広い種が分布するということは説明しません。「中間地帯効果」によれば、中程度の標高域で最も種数が増加するということになるからです。


また、「中間地帯効果」である程度は説明できるからといって、環境要因や生物学的な要因が多様性の緯度勾配に影響を与えていないということにはなりません。


つまるところ、「中間地帯効果」はいわゆる「帰無仮説*2として考慮し、環境要因や生物学的要因を解析していく必要があるということでしょう。


文献
Colwell RK, Lees DC (2000) The mid-domain effect: geometric constraints on the geography of species richness. Trends in Ecology and Evolution 15:70-76.


Colwell RK et al. (2004) The mid-domain effect and species richness patterns: what have we learned so far? The American Naturalist 163:E1-E23.


Currie DJ, Kerr JT (2008) Tests of the mid-domain hypothesis: a review of the evidence. Ecological Monographs 78:3-18.


ホイットフィールド(2006)生き物たちは3/4が好き 多様な生物界を支配する単純な法則

*1:ただし北米大陸では高緯度ほど陸地面積が若干広い傾向があり、一部の陸上動植物でラポポートの法則があてはまる理由と関連しているのかもしれません

*2:中間地帯効果の予測と実データを比較して、異ならなければ中間地帯効果だけで説明可能、異なれば他の要因も関係している可能性が高くなるということ。