広東住血線虫は危険か?

 外来種としてしばしば問題になるアフリカマイマイネズミ類は、広東住血線虫(かんとんじゅうけつせんちゅう)の宿主にもなります。この線虫はアフリカマイマイやネズミ類の移出入とともにさまざまな地域に広がったと考えられます。


しかし、広東住血線虫がヒトに感染するリスクはどれくらいあるのでしょうか。最近医学雑誌で出版された総説を読んでみました。


 広東住血線虫(Angiostrongylus cantonensis)は、ネズミ類を終宿主(Definitive host)とし、ネズミの肺で卵を産み、ふ化した第1期幼虫(First-stage larva)は糞とともに体外に排出される。この糞を摂食した巻き貝(カタツムリ、ナメクジ、タニシなど)の体内で、第3期幼虫(Third-stage larva)まで発育する。これらの寄主を中間宿主(Intermediate host)と呼ぶ。この中間宿主がネズミ類によって捕食されることで、線虫はネズミ体内に侵入し成熟して肺で産卵を行う。通常の生活史は、このようにネズミ(終宿主)とカタツムリ(中間宿主)の間を行き来する。


終宿主となるネズミ類の代表的な種類として、ドブネズミ(Rattus norvegicus)、クマネズミ(Rattus rattus)、ナンヨウネズミ(Rattus exulans)がある。広東住血線虫に感染している割合は、地域によって異なるものの、ドブネズミで2-100%、クマネズミ で3-100%、ナンヨウネズミで29-60%の個体が感染していると報告されている。


中間宿主となる貝類は多くの種に及ぶが、食用とされやすい南米原産のスクミリンゴガイ(ジャンボダニシ)について、台湾では-21%、中国本土で42-69%、沖縄で10-39%の個体が広東住血線虫に感染していることが報告されている。


また、中間宿主を捕食する甲殻類(淡水性カニ、エビ)、カエル、オオトカゲ、プラナリアは待機宿主(Paratenic host)と呼ばれ、線虫はこれらの体内で第3期幼虫のまま待機していることがある。ニューカレドニアのアマガエルの一種(Hyla aurea)では53%の個体が、タイのオオトカゲでは95%の個体が広東住血線虫に感染していることが報告されている。



 広東住血線虫の第3期幼虫が、中間宿主(または待機宿主)からヒトなどの霊長類にとりこまれた場合、線虫は成熟することができず、宿主に病的な障害を引き起こす。ヒト体内にとりこまれた線虫は、最終的には中枢神経(しばしば脳)へと移動をし(線虫は死亡)、出血、肉芽腫形成、好酸球性脳脊髄膜炎などを引き起こす。これを一般に、「広東住血線虫症(Angiostrongyliasis)」と呼んでいる。適切な処置を行わないと死亡する場合もある。


 広東住血線虫の症例は、患者から直接線虫が確認されることは少なく(2-11%)、その独特の症状と症状前の行動(飲食歴など)から確認されることが多い。主な症状は、頭痛と肩こり、知覚異常で、子供では嘔吐、発熱、眠気、腹痛などが伴う。


 1945年の台湾にて、世界で最初に症例が確認された。それ以後世界中で2827症例が記録されている。主にアジア南部、太平洋諸島、カリブ海諸島に、合計30ヶ国と地域が確認されている。



図. 広東住血線虫症が確認された地域(地図は Google より)
(オレンジ:確認地域、黄色:大発生が確認された地域)


症例国(地域)トップ10(全体の割合)
1. タイ 1337件(47.33%)
2. 中国(台湾とホンコンを含む) 759件(27.22%)
3. フレンチポリネシアタヒチ) 256件(9.06%)
4. アメリカ合衆国アメリサモア、ハワイなどを含む) 116件(4.11%)
5. キューバ 114件(4.04%)
6. ニューカレドニア(仏) 72件(2.55%)
7. 日本 63件(2.23%)
8. オーストラリア 24件(0.85%)
9. バヌアツ 19件(0.67%)
10. インド 10件(0.35%)


 線虫のヒトへの侵入経路はいくつかあるが、おもに三つが大きな要因がある。


1)中間宿主(カタツムリ、タニシなど)を生で(火を通さずに)食べる。
2)待機宿主(カエル、オオトカゲなど)を生で(火を通さずに)食べる。
3)第3期幼虫、中間宿主、待機宿主がまぎれた生野菜(レタスなど)をよく洗わずに食べる。


 これらの要因は、最も症例報告の多いタイと中国で、巻き貝を食べる風習があるという点とよく合致する。タイでは、淡水性の巻き貝(いわゆるタニシの仲間で、Pila spp.)を火を通さずに食べる風習がある。そのような地域では、広東住血線虫を保有する率が極めて高い外来種スクミリンゴガイも生で食べることがあり感染が増加している。また、中華料理屋で、巻き貝にコショウなどの調味料をつけて生で食べる料理が非常に流行しており、中国での近年の大発生はこれに起因している。


 巻き貝を生で食べる風習のない地域では、レタスなどの生野菜に第3期幼虫が紛れて感染する可能性が示唆されている。(第3期幼虫が感染している)小型のナメクジやプラナリアが付着しているのに気づかず、よく洗わずに食べたり、ミキサーで砕いた野菜ジュースを飲むことで感染する可能性がある。


感染しないための対策
(1)未調理の(生の)巻き貝を食べない
(2)同様に感染する可能性のあるカエルや淡水エビ、カニなども生で食べない
(3)野菜園でのカタツムリやナメクジを駆除する
(4)生野菜は食べる前にしっかりと洗う
(5)ガーデニングや農作業の後、しっかり手を洗う
(6)上記について地域での普及活動を行い、旅行者についても注意を促す


文献
Wang QP, Lai DH, Zhu XQ, Chen XG, Lun ZR (2008) Human angiostrongyliasis. Lancet Infectious Diseases 8: 621-630


 「肉眼で見えない線虫が体内に入り、肺、中枢神経、最終的には脳にまで至る」というのを聞くだけで多くの人が恐ろしい寄生虫であると感じるでしょう。しかし、(過小推定ではあるものの)世界中で今まで記録された症例はわずかに2800件ほど。しかも生で巻き貝を食べる風習のある中国とタイで全体の四分の三を占めています。


総説には具体的な死亡数や率は記されていませんが、適切な処置を行えば多くの場合回復します。死亡例は多くはないようです。つまり、普通に生活していて交通事故に遭うよりも感染する確率はかなり低いことは間違いありません。しかも地域は限られています。日本人にとっては、沖縄、台湾、中国、タイ、ハワイなどに行った時に多少注意すれば良いだけでしょう。


 ただし、いずれの地域でも、生でカタツムリやタニシ、ナメクジを食べるのだけはやめましょう*。熱をしっかり通したものであれば食べても問題ありません。どうしても生で食べたいという奇特な人は、線虫など寄生虫が入っていない確証のあるものを食べてください。


 野菜への混入は恐ろしいですが、その確率は高くはないでしょう。レストランに出てくるサラダは大丈夫だとは思うのですが、疑いだしたら何も食べられなくなりそうです。


 なお、広東住血線虫は、多くの地域に持ち込まれた外来種と考えられるのですが、もともとどの地域に分布していたのか、原産地については詳しく文献には記されていませんでした(よくわかっていないのかもしれません)。



*海産の貝が、広東住血線虫の中間宿主となった例はないようです。しかし、海産の貝も生であまり食べない方が良いかもしれません(ノロウィルスなどが蓄積されているかもしれないので)。