ハワイビロウの多様性と絶滅の危機

 南の島といえば椰子の木、ここハワイにも多くのヤシが生育しています。もちろん、ワイキキのビーチに生えているヤシは人が持ち込んできた園芸種です。ハワイには Pritchardia というヤシ科の属に23種もが分布しています。すべての種は一つの島ごとにしか見られない単島固有種(single island species)です(参考:種数の多い島ほど固有種が生まれやすいか?)。この属は、日本には分布しませんが、沖縄や小笠原に分布するビロウ属(Livistona)と比較的近縁ですので、ここではハワイビロウ類と呼ぶことにします*1



ハワイビロウの一種(Pritchardia martii


 おそらく単一の祖先種からハワイ諸島内で23種にも分化したと考えられますが、残念なことに、現在のところハワイビロウに関する分子系統地理学的な研究はないようです。祖先種はいずれの島からやってきたのか、またハワイ諸島内での進化の歴史も定かではありません(参考:ハワイ諸島での種分化 Progression Rule)。


 さて、小笠原のオガサワラビロウは、海岸に近い林から山腹部に至るまで広く分布し、時に単一種からなる森林を形成しています。沖縄でもビロウ林を見ることがあります。ところが、ハワイではそういったビロウ林をほとんど見かけません。数百メートル以上の山間部の切り立った崖などにパッチ状に生えているだけです。


 ハワイで記録されている23種の残存個体群数、推定個体数、各種の分布標高域をみてみましょう。


種名:分布島(残存個体群数、推定個体数、残存分布標高域)

  1. P. remota:ニイホア島(1個体群:600-700個体:標高45-500m)
  2. P. aylmer-robinsonii:ニイハウ島(1個体群:2個体:標高 70-270m)
  3. P. hardyi:カウアイ島(3個体群:250-300個体:標高 500-750m)
  4. P. limahuliensis:カウアイ島(2個体群:250-300個体:標高500-700m)
  5. P. minor:カウアイ島(10個体群:500個体:標高 760-1220m)
  6. P. napaliensis:カウアイ島(3個体群:160個体:標高150-1160m)
  7. P. perlmanii:カウアイ島(3個体群:500個体:標高420-850m)
  8. P. sp. A:カウアイ島(4個体群:350-450個体:標高914m)
  9. P. viscosa:カウアイ島(1個体群:3個体:標高500-700m)
  10. P. waialealeana:カウアイ島(1個体群:不明:600m)
  11. P. kaalae:オアフ島(1個体群:170個体:標高450-980m)
  12. P. martii:オアフ島1個体群:約10000個体:標高 360-762m)
  13. P. hillebrandii:モロカイ島(?個体群:<200個体:標高 30-750m)
  14. P. lowreyana:モロカイ島(1個体群:2000個体:標高130-920m)
  15. P. munroi:モロカイ島(1個体群:2個体:標高610m)
  16. P. lanaiensis:ラナイ島(3個体群:130-150個体:標高550-660m)
  17. P. arecina:マウイ島(7個体群:500個体:標高600-1220m)
  18. P. forbesiana:マウイ島(4個体群:170個体:標高914-1220m)
  19. P. glabrata:マウイ島(2個体群:約50個体:標高550m)
  20. P. affinis:ハワイ島(7個体群?:25個体以上:0-660m)
  21. P. beccariana:ハワイ島(7個体群:1000個体以上:610-1270m)
  22. P. lanigera:ハワイ島(1個体群:150m:610-1220m)
  23. P. schattaurei:ハワイ島(3個体群:13個体:600-800m)


引用文献
Chapin MH et al. (2004) A review of the conservation status of the endemic Pritchardia palms of Hawaii. Oryx 38: 273-281.


 残存個体数が驚くほど少ない種がいます。また、最も残存個体数の多い種(10000個体)でも、1つの島の1つの山塊に1個体群が残存しているだけです。


ハワイビロウ類はもともと少ない植物だったのでしょうか?


 オアフ島沿岸部での10万年前の遺跡からはハワイビロウ類の茎がよく見つかっており、かつては低地にも広く分布し主要な森林を形成していたと考えられています。キャプテンクックがハワイを発見した時(18世紀後半)には、低地の多くは人によって利用されており、低地のビロウはすでに珍しい存在になっていたようです。植物遺体や花粉の分析によれば、西暦400年から1020年頃にオアフ島の低地林から姿を消したようで、ポリネシア人がハワイに入植したことと関連しているのでしょう。


このようにかつては人による生息地破壊によって減少したことがわかっています。しかし、現在はどのような要因で更新が妨げられ、個体数がなかなか増加しないのでしょうか。ちょうど、オアフ島でハワイビロウの花と果実を観察する機会がありました。



ハワイビロウ(P. martii)の花序


 花は多量の蜜を生産し、いかにも動物媒という気がします。実際、外来種のミツバチが昼に盛んに訪れていました*2。しかし、この蜜量の多さは鳥媒を示唆しています。今はオアフ島ではほとんど姿を見ることができませんが、ハワイミツスイ類が主要な送粉者だった可能性は高いでしょう(参考:ハワイミツスイ類が絶滅した原因)。



ハワイビロウ(P. martii)の花


一方、結実率は比較的良いようで、多くの種子をつけた個体を見ました。おそらくミツバチによる送粉に成功しているのでしょう。それよりも、ハワイビロウの種子は、日本でみていたビロウ類よりもずっと大きいことに驚きました(種によっては時に直径4cmをこえる種子をつける)。ハワイ諸島にはもともと哺乳類は分布していません。海洋島ではオオコウモリ類が大型果実の重要な種子散布者になる場合もありますが、ハワイには分布していません。いったい何が種子散布を担っていたのか?もちろん重力散布(ゴロと転がるだけ)が現在の散布様式かもしれませんが、過去もそうだったのでしょうか?確かに、捕食者が少ない環境下では、大きな種子はその芽生えの生存率を高めるという意義はあります。



ハワイビロウ(P. martii)の果実(もっと大きいものも多数見られた)


ただし、かつてハワイには大型の飛べない鳥が多数生息していたと言われています(ポリネシア人の入植によって真っ先に絶滅した)。ドードーのような大型鳥類がハワイビロウの種子散布を担っていたのではないか、という考えはあながち妄想とはいえないでしょう。


しかし現在では大型の種子は逆に不利になっているかもしれません。この種子は外来種であるクマネズミに頻繁に食べられてしまうからです(参考:島の外来ネズミ類)。室内実験によって、クマネズミはハワイビロウ類の種子を破壊して食べることで強い影響を与えることが確かめられています。ただし、稀に種子を一部傷つけるだけの場合があり、この時はむしろ発芽率が良くなるそうです。もちろん、クマネズミは温帯のアカネズミなどのように貯食行動をとるとは聞いたことがないので、効率的な散布者となっているわけではないでしょう。


現在、ハワイビロウ個体群では精力的なクマネズミ類の駆除が行われており、罠やベイトトラップなどが仕掛けられています*3



ネズミ用トラップ(左:仕掛け、右:ベイト)


 ノヤギやノブタといった外来の草食獣による影響も無視できません。ビロウの稚樹はこういった草食獣に簡単に食べられてしまうからです。小笠原やガラパゴスなどではノヤギによる影響が注目されていますが、ハワイではむしろノブタによる影響が大きいようです(参考:ハワイの野ブタ:生態系に及ぼす影響)。実際、ハワイビロウ類が生育している地域にはノブタによる痕跡(足跡、ぬた場)が多く見られます。


 さて、そんな多くの絶滅危惧種をふくむハワイビロウ類ですが、どういった保全プランがとられているのでしょうか? 実は、ビロウ類は園芸植物として栽培技術が確立しており、ハワイビロウ類についても容易に栽培されています。野外では絶滅寸前の種でも、野外個体数以上の栽培に成功しているものもあるそうです。むしろ新たな問題としては、栽培個体を本来分布していない地域(島)に植えることで雑種化が起こるので、栽培個体の管理は必要でしょう。


 種の絶滅自体は避けられそうなハワイビロウ類ですが、野生個体群の保全がやはり重要なのは言うまでもありません。ネズミ類の継続的な駆除(コントロール)や、ノブタやノヤギを排除するフェンス(防護柵)の設置などが目下の対策となっているようです。これら外来動物の影響を排除しない限り、天然更新ばかりでなく、栽培個体の再定着もうまくいきません。


文献
Carlquist S (1966) The biota of long-distance dispersal. III. Loss of dispersibility in the Hawaiian flora. Brittonia 18: 310-335. (PDF)


Chapin MH et al. (2004) A review of the conservation status of the endemic Pritchardia palms of Hawaii. Oryx 38: 273-281.


Henderson A (1986) A review of pollination studies in the Palmae. Botanical Review 52: 221-259.


Perez HE et al. (2008) Germination after simulated rat damage in seeds of two endemic Hawaiian palm species. Journal of Tropical Ecology 24: 555-558.



夕暮れに佇むハワイビロウ(プロフィールの写真にしてみました)

*1:日本のビロウという名は、ビンロウに由来したと言われています。ビンロウはビロウとは属が異なります。ハワイの Pritchardia は葉をみても日本のビロウに似ているのでハワイビロウとしてみました。もちろんハワイヤシとしても良かったのですが、やっぱりヤシの中でも日本のビロウにとても似ています。

*2:夜にも観察しましたが、蛾類の訪花は確認できませんでした。ただし風が強い場所だったからかもしれません。潜在的にはさまざまな昆虫が訪れるような気もします。

*3:もちろん植物だけでなく、固有の鳥類や陸貝への影響を排除する目的もあります。