イモムシ・ケムシの護身術

 イモムシやケムシといえば、柔らかい体にたくさん脚があってうねうねと動くので、気持ち悪がられる代表的な虫たちです。実際、虫好きを自認する私も子供の頃から生理的に受け付けませんでした。イモムシが多い4,5月は森や林に行くのもためらわれるほど。しかし、イモムシ、ケムシの形態や生態は学術的には大変おもしろいのです(参考:イモムシ・ケムシは手足をどう使うか)。


 イモムシ、ケムシは、一般には鱗翅目幼虫のことを指しています。彼ら彼女らの被食防衛(護身術)について、クロカタビロオサムシを捕食者モデルとした一連の研究(3部作)を紹介したいと思います。


1. ケムシの「毛」の意義


 ケムシ(毛虫)といえば、チャドクガの危険性がよく知られていますが、触っても特に人間に害のないものがほとんどです。そのような無害な毛も、捕食性昆虫に襲われた時にはバリアのように有効に働きます。クロカタビロオサムシは、長い毛が密に生えるクワゴマダラヒトリ幼虫を襲ってもしばしば捕食に失敗します。しかし、毛を短く刈ることで捕食成功率が上昇しました。つまり、長い毛がオサムシの大顎から身を護っているのです。動画にあるように、毛を剃る時に鼻毛カッターを用いている点が笑いのポイントです。



ケムシの防衛/Caterpillar hair as a physical defence


Sugiura, S. & Yamazaki, K. (2014) Caterpillar hair as a physical barrier against invertebrate predators. Behavioral Ecology, 25:975–983.


2. ミノムシの「蓑」の役割


 ミノムシ(蓑虫)が身にまとっている「蓑」をはがすと、中から黒いイモムシが出てきます。この「みの」が、天敵から柔らかい身を護っているのです。チャミノガは枝や葉柄を使って強固な蓑をまとっています。その蓑をはがしてやると、簡単にクロカタビロオサムシに捕まって食べられてしまいます。加えて、いつもとは違う柔らかい葉(ヨモギ葉)でできた蓑に着せ替えてやっても蓑の防衛効果はあります。子供のころ、蓑を剥がして中の幼虫を取り出して、毛糸や紙くずで新たな蓑を作らせる遊びをしたものです。



ミノムシの防衛/Bagworm bags as armor


Sugiura, S. (2016) Bagworm bags as portable armour against invertebrate predators. PeerJ, 4: e1686.


3. 巨大イモムシの反撃


 スズメガの幼虫といえば巨大イモムシで、さわると頭を「ブンッ」と振って威嚇するので、苦手な人も多いでしょう。特に、日本最大のスズメガであるオオシモフリスズメの幼虫は、おそらく日本でも最大サイズのイモムシでしょう(日本最大のヨナグニサンの幼虫と同等かそれよりも大きいかもしれません)。本種幼虫は最大サイズに成長すると、「シュー」と大きな音をたてて頭突きをしてきます。この反撃行動はどれくらい威力があるのでしょうか? クロカタビロオサムシに襲わせて反応を観察。クロカタビロオサムシは自分よりも大きなイモムシにも果敢に攻撃をしかけます(噛みつきます)。しかし、オオシモフリスズメの場合は何度も頭突きをするだけでなく、大顎でオサムシの脚をとらえて投げ飛ばす行動まで見られました。しかもある個体は捕まえたオサムシの脚を切断するほど。


ちなみに、オオシモフリスズメの「シュー」という音は、オサムシに聴こえているかどうかはわかりませんが、腹部第8節に1対ある気門から空気を吹き出して発音しています。水の中で「鳴かせて」空気がどこから出ているのかを突き止めたのが笑いのポイントです。



オオシモフリスズメ幼虫の反撃行動/ Hornworm counterattacks



オオシモフリスズメ幼虫の発音機構/Sound production by hornworm larvae


Sugiura, S. & Takanashi, T. (2018) Hornworm counterattacks: Defensive strikes and sound production in response to invertebrate attackers. Biological Journal of the Linnean Society, 123: 496–505.


4. イモムシハンター・クロカタビロオサムシ


 これらのケムシ・イモムシはクロカタビロオサムシの捕食圧のもと防衛・反撃行動を進化させてきたのでしょうか? 実際はクロカタビロオサムシだけが天敵ではなく、さまざまな昆虫や鳥などがイモムシ・ケムシを捕食します。クロカタビロオサムシは多数いる捕食者の1種にすぎません。ただし、鳥や他の昆虫と比べて、実験室でもどこでも簡単にイモムシやケムシを襲ってくれるという便利な昆虫なのです。



イモムシを捕食するクロカタビロオサムシ


 クロカタビロオサムシは、一般的によく知られるオサムシ類とは違い、翅をもちよく飛翔能力があります。加えて、地表徘徊性種とは違い、地表だけでなく樹上でもイモムシやケムシを好んで食べます。そのため、ブナアオシャチホコの大発生時にクロカタビロオサムシもたくさん見られることが知られてきました。


クロカタビロオサムシ近畿地方ではもともと珍しい種で、初夏にイモムシがたくさん発生するような雑木林に局所的に見られる種でした。甲虫好きの私にとっては小さな頃からの憧れの虫でした。ところが、2013年から2015年頃にかけて近畿地方の各地で非常に多く見られるようになりました。ちょうど、マイマイガをはじめ各種鱗翅目幼虫も多数見られた年と一致しています。


イモムシやケムシ、そしてその捕食者であるクロカタビロオサムシがたくさん確保できないとできない実験だと思います。