マイマイカブリの地理的変異:首が細いか太いか

 日本列島に固有の生物について、その多様性や地理的変異を明らかにするという研究に強く興味をもっています。最近、Evolution 誌に日本固有のマイマイカブリの地理的変異についての論文が出版されたようで、さっそく読んでみました。



タツムリを捕食するマイマイカブリWikipediaより:photo by Adan


 マイマイカブリというのは、オサムシ科の大型甲虫で、幼虫と成虫はカタツムリを餌としています。世界的にみても、陸産貝類を主食にするオサムシ類は多いのです。日本固有のマイマイカブリは体が大きいのですが、殻の中に首(頭胸部)をつっこんで食べるために例外的に頭胸部が細長くなっているのが特徴です。


 マイマイカブリは北海道から本州、四国、九州と広く分布していますが、その体型や色彩が地域によって変異しているのはよく知られているところです。例えば、関西、四国、九州に住む個体群は、体が大きく真っ黒で首が細くなっているのに対し、東北地方の個体群は、鞘翅が緑色で頭胸部は赤銅色になっています。さらに興味深いことに、佐渡島伊豆大島といった島嶼部にも一部分布しており、佐渡島の個体は頭胸部が比較的幅広くなっているのが特徴です。


 マイマイカブリの地理的変異に従って、おもに7つの亜種に分けられています*1。いずれの地域でも極端に珍しい種類ではないので、全亜種を集めるのはそれほど困難ではないでしょう。私自身、すべての亜種を採ったことはないのですが、尊敬すべき同僚のコレクションの助けを借りて、標本を並べて撮影してみました(頭胸部の写真は、Evolutionの論文の図を真似て撮ったものです。論文の図では頭胸部の形や大きさがより鮮明にわかるようになっています)。




マイマイカブリの7亜種(下は頭胸部にフォーカス:左端の大阪産と右端の佐渡島産では頭胸部の形が全く異なっている)
左から
マイマイカブリ Damaster blaptoides blaptoides(大阪産)
ヒメマイマイカブリ Damaster blaptoides oxuroides(東京産
コアオマイマイカブリ Damaster blaptoides babaianus(山形産)
キタ(マイマイ)カブリ Damaster blaptoides viridipennis(秋田産)
アオマイマイカブリ Damaster blaptoides fortunei(新潟・粟島産)
エゾマイマイカブリ Damaster blaptoides rugipennis(北海道産)
サドマイマイカブリ Damaster blaptoides capito(新潟・佐渡島産)


 今回の論文のおもしろいところは、マイマイカブリの頭胸部の変異(細長いか太短いか)に注目し、その餌であるカタツムリ(日本列島固有のマイマイ属 Euhadra)のサイズとの関係を調べたことでしょう。他に気温や個体群間の遺伝的距離、体サイズとの関係などが解析されています。とはいえ、思い切りよく要約すると、カタツムリの殻のサイズが大きい地域では頭胸部が相対的に細長くなった個体が、また殻のサイズが小さい地域では頭胸部が相対的に太短い個体が多い傾向があったということです。殻が大きいと頭胸部を殻に突っ込んで軟体部を食べるのに適しており、一方、殻が小さいと太い頭胸部に支持された強力なアゴを使ってかみ砕いて食べるのに向いているからです*2


文献
Konuma J et al. (2011) Factors determining the direction of ecological specialization in snail-feeding carabid beetles. Evolution online published.


 マイマイカブリは個人的には昔から大好きな昆虫です。それを全国68地域、合計1705個体の成虫を集めて、その形態を定量的に計測して解析したという、虫好きにとっては魅力あふれる研究となっています。ただし、マイマイ属のサイズは図鑑のデータを使っただけなので、陸貝好きにとってはちょっと物足りないかもしれません。



 世界のオサムシ大図鑑
 世界のさまざまなオサムシをみていても、日本のマイマイカブリの細長さは際だっています。逆に大陸などでは頭胸部が太いカタツムリ食のオサムシが多いことにも気づくわけです。これは、日本列島でカタツムリ(マイマイ属)とマイマイカブリの間で独自の共進化が起こった結果なのかもしれません。



オサムシの春夏秋冬―生活史の進化と種多様性
 本書の中で、マイマイカブリの各地の形態変異がその生息場所にすむカタツムリのサイズによって説明できるかもしれないという仮説がすでに記されています。これを今回検証したということでしょう。



 原色日本陸産貝類図鑑


 マイマイカブリの論文を読んでいたら、久しぶりにオサ掘り*3に行きたくなってきました。


 良いお年を。

*1:9亜種という見方もあります。

*2:マイマイカブリという名前の語源は、細い頭胸部が殻を「被る/冠る」からきたと一般には考えられていますが、この生態を考えれば、太い頭胸部につく強力なアゴマイマイを「齧る/噛る」から付けられたとしても説明可能かもしれません。

*3:冬季に土中や朽木中で越冬中のオサムシを掘り出す採集方法