植物が粘毛によって虫を捕獲し捕食者を誘引する

 植物なのに昆虫などを捕らえてエサにする。本来、独立栄養生物なのに、動物のように捕食者にもなりうるという食虫植物は大変ユニークな存在です。ダーウィンもその生態に興味を持ち、モウセンゴケの葉がタンパク質などに対して反応することを実験的に示唆するなど、食虫植物の本まで書いています(Darwin 1875 Insectivorous Plants)。



世界の食虫植物(世界の食虫植物を見に行った気分になるお気に入りの写真集です)



モウセンゴケは、葉の長い毛の先端から粘液を出して、さまざまな昆虫を捕らえることができます。私自身、昆虫好きということもあって、そんなモウセンゴケを見るだけで今でも興奮してしまいます。そういう影響もあって、昆虫と植物の相互作用を研究テーマに決めた大学院生の頃、選んだ対象に選んだのはモチツツジという植物でした。


モチツツジの葉や茎、萼には長く粘る毛がたくさん生えていて、それに羽や脚を捕らえられた昆虫が多く死んでしまいます*1。そんな昆虫遺体を食べるカスミカメムシを研究し、最終的に論文としてまとめることができたのは良い想い出です。



モチツツジ上で死んでしまった昆虫たち(Sugiura & Yamazaki (2006) の図1より)



昆虫遺体を食べるモチツツジカスミカメ


 カスミカメムシ以外に興味深かった昆虫として印象的だったのは、サシガメの仲間です。サシガメ類は比較的大型で脚も長いため、粘毛に捕われることなくモチツツジ上を歩き、遺体を食べたり、生きたガの幼虫などを食べていました(厳密には体液を吸汁します)。このようにモチツツジはサシガメ類にとって良いエサ場だといえました。調査地ではサシガメ類はカスミカメに比べてそれほど密度が高いわけではなかったので、研究対象にはしませんでしたが、モチツツジの粘毛と捕食性昆虫との間には何か興味深い関係があることはうっすらと感じていました。粘毛が寄生蜂群集に与える影響(Sugiura 2011)について少し考えた以外は、他に具体的に検証できるような仮説は思いつきませんでした。



昆虫遺体を食べるシマサシガメ


 最近米国の研究グループが、粘毛をもつ植物上で、昆虫遺体を食べにきたサシガメ類などの捕食者が植食者を減らし、さらにその植物の繁殖成功にまで影響を与えうるという新たな仮説を提唱し、野外実験により検証することに成功しました。


 一年生草本であるキク科の一種(Madia elegans)は粘着性のトリコーム(以後粘毛と呼ぶ)をもつため、植物上にはしばしば節足動物の遺体が見られる。この植物の花芽は、スペシャリストの植食者ヤガ科の一種(Heliothodes diminutiva)の幼虫による食害を受ける。植物上の粘毛密度が高いほど、季節を通しての節足動物遺体が増える。遺体が多いほど、遺体を食べかつ生きた昆虫も食べるサシガメ科の一種(Pselliopus spinicollis)の産卵数が増加する。


 粘毛によって節足動物遺体が増加し、それらを食べる捕食者が誘引され、結果として植食者の密度が低下し、食害率および果実(種子)生産が増加するという仮説を検証した。



図. 粘毛による遺体増加がもたらすトップダウン効果


 カリフォルニア大学の自然保護区(Stebbins Cold Canyon Nature Reserve)において、82植物個体を選定し、そこからランダムに選んだ41個体に5個体ずつのショウジョウバエの遺体を追加し、その他41個体に対照区として死体を加えなかった。この実験の結果、遺体を追加した植物では、対照植物よりもサシガメの産卵が増え、クモの個体数も増え、結果、ヤガ幼虫による花芽の食害が減って、果実生産が増えた。


さらなる実験として、28植物個体のうちランダムに選んだ14個体(2個体は幼虫が行方不明になったため解析から除去)に生きたヤガ幼虫を1個体追加し、その他14個体に対照区としてヤガ幼虫を加えなかった。結果、幼虫を加えた植物個体では対照植物よりも花芽の食害が増え、果実生産が減少した。


 以上の結果より、粘毛による節足動物遺体の増加によって、遺体も食べる捕食者が増え、そのエサとなる植食者が減少し、さらに植物の繁殖成功度にも影響を与えていた。


Krimmel BA, Pearse IS (2013) Sticky plant traps insects to enhance indirect defense. Ecology Letters, online published.


 一般には、粘毛は植食者に対する植物による物理的な防衛の一種だと考えられてきました。維管束植物の約20〜30%の種には(多かれ少なかれ)粘毛があるそうですが、実際、物理的な防衛になっているという証拠はそれほど多く知りません。私が研究したモチツツジ上でも、確かにアブラムシやグンバイムシという吸汁タイプの植食者には粘毛が有効に働いていそうでしたが、ガの幼虫などには一方的に食べられているような印象がありました。そういう意味でも、粘毛にはさまざまな意義が考えられるだろうし、実際あると思います。今回は、粘毛の意義について新たな仮説が提唱され、奇麗に検証されたのには驚きました。


 機会があれば、粘毛植物や食虫植物と昆虫との相互作用について、再び研究してみたいなあと、思い出させるような論文でした。

*1:モチツツジも捕らえた昆虫から栄養源を得ていれば食虫植物と考えられます。しかし、遺体を溶かす消化酵素は発見されていませんし、窒素安定同位体比を調べた研究によって昆虫を主な栄養源とはしていないことが明らかにされています(Anderson et al. (2012