島嶼生物地理学の理論を保全へ応用:SLOSS 論争とは

 国立公園など保護区を設定するときに、どのような基準を用いて決めれば良いのでしょうか。できるだけ単一の大きな面積を残すのが良いのか、細切れでも良いから大きな面積を残すのが良いのか。これについて過去に大きな論争がありました。


 マッカーサーとウィルソン(1963, 1967年)による島の生物地理学の理論では、島の面積ー種数関係(大きな島ほど種数が多い現象)は、島への移入と絶滅の平衡状態によって説明することができました(参考:島の生物地理学の理論、再び)。また、他の陸地から遠い島ほど、移入率が減少するということも予測されました。この理論は、シンバロフ(Daniel Simberloff)とウィルソン(1969年)によるフロリダでの野外実験(小さな島を燻蒸し、後の種の移入と絶滅を調査)によって検証されました(参考:島の生物地理学の理論:ウィルソンによる回想)。


この理論のインパクトは大きく、生態学、進化学のさまざまな分野へと応用されました。その中でも、保全生物学に与える影響は大きかったといえるでしょう。例えば、国立公園や保護区(森林や珊瑚礁など)の設定への応用があります。平衡理論に従えば、大きな面積をもつ保護区ほど、多くの種を含み、種の消失速度(絶滅速度)はゆるやかで、孤立化の悪影響が小さいでしょう。これは、大きな面積ほど各種が多くの個体数を維持でき、そういった大きな個体群ほど地域的な絶滅がおこりにくいということに基づいています。


つまり、保護区の設定を行う時は、なるべく(分断せずに)単一の大きな面積を残すべきだという結論におよぶわけです。このような島の生物地理学の理論を保護区の設定に応用しようとつとめたのが、ジャレド・ダイアモンドJared Diamond)(1975年)たちです。


しかし、島の平衡理論を、真の島でない保護区などの面積にそのまま応用することの危険性を訴えたのが、シンバロフたち(1976年)でした。彼らは、実験的に一つの島を複数の島に分割し種数を調べたところ、種数が増える場合があることを示しました。


この「保護区は、単一の大面積がいいのか、複数の小面積がいいのか(Single Large Or Several Small reserves of equal area)」という議論は、各単語の頭文字をとってSLOSS論争(SLOSS Debate)と呼ばれています。


単一大面積派(ダイアモンド)と複数小面積派(シンバロフ)に分かれて激しい論争がおこりました(主に1976-1980年)。しかし、知見が集積するに従って、確かに大きな面積の森林にしか生息しない種もいる一方、断片化した森林でも変化しない種、そしてむしろ増える種というのもいることがわかってきました。おそらく最も重要なのは、対象とする群集が「入れ子構造(nested structure)」をもつかどうか、というところでしょう。小さな保護区域の群集が大きな保護区域の群集の一部のセット(subset)にすぎない場合、これを「入れ子構造」と呼んでいます。この時、絶滅の危機に瀕した種が、大きな保護区のみにしか見られない場合は単一大面積が選ばれるべきでしょう。


William Lawrance(2009)によれば、SLOSS論争への答えは「場合による(It depends)」というのが最近の見方のようです。


 理論(一般則)が、社会や政策に応用される時、どのような形で行われるかを想像しておくのは重要です。シンバロフは、ダイアモンドらが提言した「単一の大面積が良い」という一般化に反対意見を寄せた時の考えを、後に David Quammen によるインタビューで語っています(ドードーの歌参照)。それらを要約すると以下のようになります。


「大きな面積の保護区を残す必要がある」ということが一般化されすぎると、小さな保護区がたくさんある地域(たとえばイスラエルなど)では、そういった小さな保護区の重要性が管理者や施政者に軽視される傾向にある。


しかし、逆に以下のようなとらえ方も可能でしょう。


「小さな保護区でも、合計面積が大きければ問題ない」ということが一般化されすぎると、大きな保護区を残せる所でも、部分的に道路をひいたり開発を行うという口実を与えてしまう。


 島の平衡理論の検証に直接かかわったシンバロフにとっては、理論の安易な適用は好ましくないという気持ちだったということでしょう。


 基礎科学の知見を応用する時には、関わった科学者自らが議論に参加することは重要なのかもしれません。


 ちなみに生物地理学の知見を保全に活用しようという試みは今でも続いていて、例えば、Conservation Biogeography(保全生物地理学)という分野が唱えられ、専門誌(Diversity and Distributions: A Journal of Conservation Biogeography)も出版されています。


SLOSS論争に決着をつけるべく計画されたアマゾンでの森林断片化の大規模実験「The Biological Dynamics of Forest Fragments Project (BDFFP) 」があります(参考:SLOSS 論争からアマゾンでの森林断片化大規模実験へ)。



参考文献など


Laurance WF (2009) Beyond ssland biogeography theory. In: The Theory of Island Biogeography Revisited


Quammen D (1996)The Song of the Dodo: Island Biogeography in an Age of Extinctions; Scribner. 日本語訳:ドードーの歌 〈上〉 & ドードーの歌 〈下〉


瀬戸口明久 (1999) 保全生物学の成立−生物多様性問題と生態学−. 生物学史研究 64:13-23 (ウェブサイト


Whittaker et al. (2005) Conservation Biogeography: assessment and prospect. Diversity and Distributions 11:3-23.


WikipediaSLOSS論争」の解説と文献(ダイアモンドやシンバロフらの文献など)
http://en.wikipedia.org/wiki/SLOSS_Debate



Why societies collapse | Jared Diamond
銃・病原菌・鉄」や「文明崩壊」などで知られるように文明論にまで手を広げたダイアモンド



Daniel Simberloff - We Can Win the War Against Introduced Species!
現在は外来種問題に取り組むシンバロフ