研究キーワード数や論文引用数が増加するのは必然?

 『ウィルソンとマッカーサー以来「島嶼生物地理学(Island Biogeography)」は生態学において重要なテーマですが、近年ますますこの分野が脚光を浴びています。』


と紹介する時、「island biogeography」のキーワードで Web of Science *1で検索をかけて、この20年くらいの傾向を見るのはごく一般的に行われる作業でしょう。



しかし、考えてみると、近年専門雑誌は次々に創刊され、毎年のように新たな検索対象となる雑誌が追加されていっています。つまり、論文数自体が増えているなら、どんなキーワードで検索しても、それを含む論文数が増えているのは当たり前なのではないでしょうか?


 つまり、真にその分野での注目度を見たい時には、なんらかの標準化を行ってやればより明確な傾向がわかるかもしれません。例えば、その分野での一般的なキワードを含む論文数を使って比較してみるとか。


 さっそく一般的なキーワードである「species」を Web of Science で検索し、このキーワードを含む論文数の傾向をみます。1990年代に入って急激に数が増えています。「species」が1990年前後に今更ながら流行したという話も聞きませんので、検索システムの方になんらかの問題を含んでいることが伺えます*2。次に「biogeography」で検索してみても、同様に1990年代に飛躍的に増加しています。つまり、Web of Scienceで検索すると、1980年代と1990年代以降での傾向を単純に比較するのには問題があるような気がします。



次に「biogeography」を含む論文数を、「species」を含む論文数で割った値の傾向を見ます。やはり、1980年代と1990年代では傾向が大きく異なります。しかし、1990年代中期から現在にいたるまで増加していることから、「biogeography」を含む論文の割合が増加している可能性は高そうです。では、「island biogeography」を含む論文数を「biogeography」を含む論文数で割った値はどうでしょうか。なんと、1990年代に入っても増加傾向は全くありません。



つまり、生物地理学(bioogeography)はこの10年、相対的にみても重要な分野になりつつありますが、その分野の中に占める島嶼生物地理学(island biogeography)の重要性については10年間で特に変わっていないのかもしれません*3。生物地理学の研究は島だけで行われるわけではありません。


 また、近年出版論文数が増加していることは、引用数の年次変化にも影響してくるでしょう。


例えば、T. W. Shoener は、マッカーサーとウィルソンによる「島嶼生物地理学の理論」(1967年)の出版から40年周年を記念して、論説を寄稿しています(参考:島の生物地理学の理論、再び)。その中で彼らの「島嶼生物地理学の理論」がこの40年間に引用された傾向を調べました。結果、引用数は年々増加していました。一方、ダーウィンの「種の起源」(1859年)の引用数もこの40年で同様に増加する傾向が見られました。ここで、「島嶼生物地理学の理論」の引用数を「種の起源」の引用数で割った値の傾向を見ると、逆に40年間で減少する傾向が見られました。これは「種の起源」の引用数の増加傾向の方が「島嶼生物地理学の理論」の増加傾向よりも大きいために生じた現象といえます。「種の起源」は100年以上読まれ続けた古典ということを考えると、その引用数が増えたのは出版論文数の増加によるものとみなしてもそれほどおかしくはないでしょう。


つまり、毎年の引用数が増えている傾向だけからは、注目度が増しているとは言い切れないのかもしれません。


参考文献
Schoener TW (2009) The MacArthur-Wilson equilibrium model: a chronicle of what it said and how it was tested. In: (Losos JB, Ricklefs RE eds) The Theory of Island Biogeography Revisited. pp.52-87.

*1:生物学の研究者では、現在最も普通に使われる検索システムです。ただし、登録機関でないとアクセスできません。

*2:収録雑誌数、論文数が1990年代に入って急激に増えた可能性、またはキーワード検索の精度が1980年代と90年代以降の論文では異なる可能性があるでしょう。

*3:ただし、「island biogeography」を含む論文数を「species」を含む論文数で割った値は、1990年代以降上昇する傾向が見られました。