奥日光のシデムシ

 先日、梅雨の晴れ間を狙って奥日光まで行ってきました。



 今回の目的は、山地性のシデムシ*1を採集することです。曇ったり、晴れたり、雨が降ったりの天気にも関わらず、目的のホソヒラタシデムシとカバイロヒラタシデムシを無事採集することができました。実は、この2種類比較的採集しやすいと聞くのに、初採集なのです。自身これで日本産22種目の採集で、残るは4種ほどとなりました。



ホソヒラタシデムシ(後翅が退化し飛べず、本州と佐渡島のみに分布する日本固有種)



カバイロヒラタシデムシ(飛翔能力の高い小型のヒラタシデムシ)


 個人的な記録はともかくとして、他にもクロシデムシ、ヒメクロシデムシ、マエモンシデムシ、ヨツボシモンシデムシ、ヒメモンシデムシ、ヒロオビモンシデムシとモンシデムシ類だけで6種類、ヒラタシデムシ類では他にクロボシヒラタシデムシを加えて3種類が採集できました*2。実に9種類も同所的に生息しているとは驚きです。モンシデムシ類の多さから、エサとなる小型の哺乳類(ネズミやトガリネズミ)の豊富さが想像できます。



ヒロオビモンシデムシ(海外にも広く分布するが本州では山地に分布)



ヒメモンシデムシ(日本産モンシデムシ類の中で最小型の種でかつ日本固有種、触覚の先端1節だけがオレンジ色)



ヒメクロシデムシ(クロシデムシに似るが小型で後脛節がまっすぐ)


 ここ最近の研究によって、日本産ヒラタシデムシの生態や進化、生物地理についてもずいぶん見通しがよくなってきました。翅が退化して全く飛べないホソヒラタシデムシは、本州と佐渡島にしか見られない日本固有種です。これまで近畿地方の高地からはヤマトヒラタシデムシやオオダイヒラタシデムシというように別種が記録されていましたが、これらも最近の分子系統解析などをもとにホソヒラタシデムシに統合されました。ホソヒラタシデムシは本州でも比較的高い標高の場所に隔離して分布しているので、それぞれが遺伝的に孤立した個体群を形成しているようです(近畿の個体群を別種にするなら山塊ごとに種を設けないといけない)。北海道のヒラタシデムシとは近縁ですが、ヒラタシデムシが大陸から北ルートを通って北海道にやってきたのに対し、ホソヒラタシデムシは南西ルートから本州にやってきたようです。ヒラタシデムシとホソヒラタシデムシともに脊椎動物の遺体にも集まりますが、普段はミミズなど無脊椎動物の遺体を食べていることが安定同位体の分析でもわかってきました。このように、ヒラタシデムシ類では、エサを比較的豊富な無脊椎動物の遺体にシフトすることによって、飛ぶことをやめ、個体群間の遺伝的隔離が増し、種分化がおこりやすくなっているようです(参考:飛翔能力の退化が甲虫類の多様化を促進する)。


 ファーブル以来、欧米でも子育てをするモンシデムシ類ばかりが注目されてきましたが、ヒラタシデムシ類ももっと注目しても良い興味深いグループだと思います(海外にはなんと植食性のヒラタシデムシまでいる!)。


文献


Ikeda H et al. (2009) Different phylogeographic patterns in two Japanese Silpha species (Coleoptera: Silphidae) affected by climatic gradients and topography. Biological Journal of the Linnean Society 98:452-467.


Nishikawa M et al. (2010) Taxonomic redefinition and natural history of the endemic silphid beetle Silpha longicornis (Coleoptera: Silphidae) of Japan, with an analysis of its geographic variation. Zootaxa 2648:1-31.


Ikeda H et al. (2012) Loss of flight promotes beetle diversification. Nature Communications 3:648.

*1:動物の遺体を食べ土にかえす自然界のお掃除屋さん。大きく、モンシデムシ類とヒラタシデムシ類に分けられ、前者は遺体を土中に埋めて産卵しふ化した幼虫の育児を行うのに対し、後者は土中に産卵し幼虫の世話は行わない。

*2:他の甲虫では、ホソクロナガオサムシ(コクロナガオサムシ)やアルマンオサムシ(ホソヒメクロオサムシ)などを採集でき、本州高地ならではの採集を楽しめました。