研究留学の手引き

 6年ほど過ごした関東を離れ、およそ9年ぶりに関西に戻ってきました。3月いっぱいで前職を辞して、心機一転新しい住居、新しい職場で再スタートしたからです。関西に戻ってきたといってもはじめて住む町なので、全く新しい人生を歩むような気分です。引っ越し直後は桜が満開だったので、新入生や新社会人のように新鮮な気持ちで新しい生活をはじめています。



 さて、関東での最後の仕事としてとある学会の会報作り(編集作業)に従事しました。その会報の中で、今年の1月に行ったシンポジウム『生態学者の研究留学』の内容を特集記事としてまとめました。シンポジウムの講演者お三方に原稿を執筆していただき、加えて現在留学中の方々にも寄稿していただきました。合計7名の研究留学体験記を読めるような形にしたというわけです。


生態学分野に限らず、これから研究留学を考えている人、いつかはしたいと思っている人などの良い手引きになるのではないかと考えています。



生態学者の研究留学』


 世界的に自国以外の高等教育・研究機関で学ぶ学生が増え続けています.また,国内で学位を取得後に国外の研究機関でキャリアを積まれる方も増えています.生態学分野も例外ではありません.自国の教育・研究機関で学んでいても研究フィールドが海外であったり,また,海外の研究機関との共同研究を実施したりという機会も多くなってきました.そこで,これから研究留学や海外での研究を考えている人たちに向けて,2013 年1 月12日(土)に首都大学秋葉原サテライトキャンパスにて日本生態学会関東地区会のシンポジウム『生態学者の研究留学』を開催しました.シンポジウムでは,海外での留学経験をお持ちの研究者3 人の方をお招きし,それぞれ40 分から60 分ほどの講演をお願いしました.
(中略)
いずれの講演者のお話も,自身の体験談をもとにしながらも一般化することで,これから研究留学を考えている人への適切なアドバイスとなるものばかりでした.当日は大学院生をはじめとした若手を中心に約40 名が参加され,活発で意義ある議論ができたと感じています.


 本地区会報の特集記事として,シンポジウムでお話していただいた内容をもとに原稿を執筆していただきました.そして,本来は海外留学中の現役の方にお話を伺いたいと思っていました.しかし予算の都合上,海外からお招きできることはできませんでした.そこで,この特集記事では,その新鮮な留学体験を原稿としてお伝えするべく,4 名の方々に執筆をお願いしました.
(中略)
異なる体験談はまた,それぞれの国や身分に応じて,どのような奨学金を利用して海外留学を体験できるのかを紹介したちょっとしたガイドにもなっていると思います.これから研究留学を考えている人にとってお役に立てば企画者冥利に尽きます.


日本生態学会関東地区会会報 61号(注意:6.8MB)より一部を転載)


 執筆者の方々にはお忙しいところ原稿執筆を快諾していただいたことに感謝申し上げたいです。


続きは以下ウェブサイトからダウンロード(無料)して読めます。


日本生態学会関東地区会会報 61号(注意:6.8MB)
http://www.esj-k.jp/assets/files/pdf/kaiho/no.61.pdf

妖精の輪と悪魔の庭

AFPBB Newsより
『「妖精の輪」、実はシロアリが原因』



Fairy circle(Wikipedia より:by Thorsten Becker)


 アフリカの草地に「妖精の輪(Fairy circle)」と呼ばれる、円形の「裸地」が出現する現象は古くから知られていたそうです。これはシロアリの一種 Psammotermes allocerus による「除草」によるものであるという仮説がこれまであり、最近サイエンスに出版された論文ではその仮説を支持しているということです。シロアリは草本の根っこを食べて結果枯らしてしまうそうです。下記のリンクに「妖精の輪」の画像がたくさん見られますが、これらがシロアリによって形成されたと思うと感慨深いものがあります。


Creators Of Mysterious African 'Fairy Circles' Found


Juergens N (2013) The biological underpinnings of Namib desert fairy circles. Science 339:1618-1621.


このような独自の景観を作り出すのがシロアリというのも興味深いですが、熱帯林やアフリカ・南米の乾燥地でシロアリが重要な生態系機能を担っているのはよく知られたことです。


そしてシロアリとは全く分類群は異なりますが、アリもまた重要な生態系機能を果たす昆虫です。多種多様な樹木が生育するはずのアマゾンの熱帯林の中に、特定の樹木(アカネ科の Duroia hirsuta)のみが生育する「悪魔の庭(Devil's garden)」と呼ばれる林分が知られています。このような場所は、D. hirsutaと共生関係にあるコンボウアリ属の一種 Myrmelachista schumanni が他の樹種に蟻酸を注入し枯らしてしまうことで形成されることが知られています。


Frederickson ME et al. (2005) ‘Devil’s gardens’ bedevilled by ants. Nature 437 495–496.


Frederickson ME, Gordon DM (2007) The devil to pay: a cost of mutualism with Myrmelachista schumanni ants in ‘devil’s gardens’ is increased herbivory on Duroia hirsute trees. Proceedings of the Royal Soceity B 274: 1117-1123.


 ある種の生態系を作り出す生物を生態学者は「エコシステム・エンジニアecosystem engineer)」と呼ぶことがありますが、シロアリやアリはまさにその定義に当てはまる虫たちでしょう。

どこまで復元すべきか

ナショナルジオグラフィックニュース
絶滅した動物は復活させるべきか?


 DNA情報から絶滅種の復元を目指すという映画「ジュラシックパーク」にも登場したアイデアについて、より現実的に考えた場合の議論です。これは何も絶滅種の復元だけに限らず、生態系の復元や保全生物学でも常に考えるべき問題でしょう。


例えば、小笠原の自然を復元する時でも、どの段階、どの時代の生態系の回復を目指すべきでしょうか。外来種を完全に排除(根絶)するのが目標でしょうか。それとも、とりあえずは侵略的な外来種のみを排除するのが目標でしょうか。それとも、人が入植する以前の状態を目指すべきでしょうか。人が入植する前には、海鳥の繁殖地だったはずで、人を島から追い出さない限りはその時代への復活は難しいでしょう。


そもそも生態系には常に一定の状態(平衡状態と呼ぶ)があるのでしょうか?


古くは、ある気候帯や地域には放っておくと遷移が進んで一定の森林(極相林)が形成されると考えられてきました。しかし近年の研究によって、必ずしもそういう平衡状態が期待されないことがわかってきました。つまり、時間の変遷とともに景観もまた変わってきてるということです。


種の保全についても、かろうじて野生絶滅が免れている状態を維持することでとりあえず満足するか、はたまた本来その種が持っている生態系機能を発揮できるほどの密度にまで回復する努力するか、その達成目標によって大きく異なります(参考:オオコウモリによる種子散布:密度が減ると機能しない)。


生態系の保全や復元を目指す時、共通認識として目標が設定されていないと、その成果に対する評価は人によって全く異なってくることになるでしょう。

温帯より熱帯の方が特殊化が起こりやすいか?

 緯度の低下とともに種数が増加するという現象はよく知られています(参考:ラポポートの法則(Rapoport's Rule):緯度の増加とともに分布域は広がる?)。そして、関連する現象として、「ニッチ幅は緯度が低いほど狭くなる」というパターンがあります(参考:熱帯ほど生物の種間関係が深い)。


 ニッチ(生態的地位)は、種が生息可能で、個体群を維持できる状態のことを示します(参考:ニッチ保守性)。各種はそれぞれのニッチ幅をもっており、その幅が広い種、狭い種がいます。そして、「ニッチ幅は緯度が低いほど狭くなる」というのは、チョウやワシタカといった各生物群で、温帯性の種より熱帯性の種の方が平均してニッチ幅が狭いという現象を指すことが多いでしょう。


このパターンと生じるメカニズムを詳細に検討したVázquez & Stevens(2004)によれば、この概念はもともと、米国の伝説の生態学者ロバート・マッカーサーRobert MacArthur)が、その遺作となった「Geographical Ecology: Patterns in the Distribution of Species」(邦訳『地理生態学―種の分布にみられるパターン』)の中で述べられたものだとしています*1


上記の仮説に関連するものとして、例えば、植食性昆虫の寄主特異性が温帯より熱帯で高いということが2009年に『Nature』誌にて報告されました(参考:熱帯ほど植食性昆虫の寄主植物特異性は高いか?)。チョウとガ(鱗翅目)の分類群ごとの幼虫の飼育データから、寄主植物の種数、属数、科数を緯度別に比較し、熱帯でより少ないという頑強な結果でした。もちろん、新大陸(北中南米)における特定のグループ(鱗翅目)だけの研究ですので、マッカーサーが想定したようなより一般的なパターンが確実になったというわけではありません。


 オープンアクセス出版の『PLoS ONE』誌で2011年に発表された、ハチドリ類と訪花植物との関係を緯度系列との関連から検討した研究をまず紹介してみます。



ミドリハチドリ(Wikipedia より転載:author: Mdf, Edited by Laitche


 赤道を挟んで南緯23度から北緯38度の地域において、ハチドリ2種以上と訪植物2種以上を含む31のハチドリ−訪花植物ネットワークを解析した。


特殊化の程度は、シャノンのエントロピーに由来する指数H'(http://rxc.sys-bio.net/)を用いた。H'は0から1の値をとり、値が1に近いネットワークほど特殊化の程度が高く、0に近いほど特殊化の程度が低くなることを示す。


加えて、具体的に特殊化を駆動してきた要因が何かを明らかにするために、過去の気候(第四紀の最終氷期以後の気候変化速度)と、現在の気候(年平均気温、年平均降水量、気温の季節性)、ネットワークサイズ(ネットワークに含まれる種数)を説明変数として検討した。


結果、緯度の上昇とともに特殊化の指数H'は低下した。つまり、温帯よりも熱帯の方が特殊化している傾向が見られた。緯度は、ネットワークの特殊化の地域差の20−22%を説明していた(在来種のみで20%、外来種を含んでも22%)。


駆動要因を検討するためのモデル選択を行った結果、現在のネットワークの特殊化の程度は、ネットワークサイズと年平均降水量に伴って増加し、逆に過去の気候変動速度が大きいほど減少していた(つまり過去の気候が安定している地域ほど特殊化の程度が高まっていた)。ネットワークサイズが最も重要な要因で、次に過去の気候変動速度、現在の年平均降水量がそれに続いた。


文献
Dalsgaard B et al (2011) Specialization in plant-hummingbird networks is associated with species richness, contemporary precipitation and Quaternary climate-change velocity. PLoS One 6:e25891.


 ハチドリの特殊化の程度は、緯度系列でみた時、マッカーサーが想定したパターンを支持していました。加えて、特殊化を駆動する要因についても検討されています。緯度というのは、何らかの歴史的、地理的、気候的な要素を反映しているわけで、緯度勾配を生み出す要因としてそれらの要素を検討したということです。特に、熱帯地域は、しばしば氷河の侵食を受けた温帯地域と違って、長い時間にわたって気候が比較的安定したと考えられています。つまり長期間の気候の安定性が特殊化の生じる進化的な過程に影響を与えていると考えられてきました。実際上記の研究では、第四紀の最終氷期以降の気候の安定性が特殊化を促進してきた可能性が示唆されています。


しかし、ハチドリは新大陸にしか分布しないため、鱗翅目昆虫の寄主特異性における研究と同様に新大陸だけで見られる現象という可能性がぬぐい去れません。また、植物の方からみた時には、ハチドリだけが送粉ニッチを決めるパートナーではありません。ほぼ同時期に『Current Biology』誌にて、世界中の訪花性動物を含めたより広い送粉ネットワークに関する研究が発表されました。


 合計282の送粉ネットワーク(開花植物と訪花動物の複数種同士の相利共生関係)および種子散布ネットワーク(植物とその種子を散布する鳥類の複数種同士の相利共生関係)について、ネットワークにおける特殊化の程度と緯度との関係を解析した(世界80地域、送粉ネットワーク58地域、種子散布ネットワーク22地域)。



図. 解析の対象となったネットワーク(▼が送粉ネットワーク:▲が種子散布ネットワーク:色が濃いほどH'が高い、つまり特殊化の程度が強い)(Schleuning et al. (2012) の図1Aより)


ネットワークの特殊化の程度は、シャノンのエントロピーに由来する指数H'(http://rxc.sys-bio.net/)に加え、結合度(connectance)、種あたりの平均リンク数、シャノン多様性指数と関連するd'として植物側の特殊化および動物側の特殊化の程度についても用いられた。


さらに、特殊化を駆動してきた要因が何かを明らかにするために、過去の気候(第四紀の最終氷期の最寒冷期以後の気候変化速度)と、現在の気候(累積年気温、年降水量、蒸発散量、最大蒸発量)、局所植物多様性、地域植物多様性による影響を検討した。


結果、送粉と種子散布の両ネットワークにおいて、あらゆる指数について緯度が低下するほど特殊化の程度が減少していることが示された。また、新世界(南北米大陸)と旧世界(その他の地域)のそれぞれので類似したパターンが見られた。このような結果は、従来考えられていた熱帯ほど特殊化するというパターンとは真逆である。


特殊化の程度と過去の気候変化速度との関係は、種子散布ネットワークについては見られたが(過去の気候が安定している地域ほど特殊化の程度が高まっていた)、送粉ネットワークでは見られなかった。また、現在の気候との関係は両方のネットワークで見られ、気温が高いほど特殊化の程度は弱まっていた。そして、いずれのネットワークにおいても、特殊化の程度は地域および局所の植物多様性に強い影響を受けており、植物多様性が高いほど特殊化の程度が弱まっていた。


特殊化の程度が強いほど、ネットワーク全体の安定性が高まることが一般的に知られている。このため、上記の結果は、特殊化の程度の低い熱帯の方が特殊化の程度が高い温帯より、種の絶滅に対する耐性が強いことが示唆される。



文献
Schleuning M et al. (2012) Specialization of mutualistic Interaction networks decreases toward tropical latitudes. Current Biology 22:1-7.


 こちらの結果はハチドリと訪花植物との関係とは逆に、温帯よりも熱帯で特殊化が弱まっていることが示されました。これは訪花動物だけでなく、訪花植物の方の両方の特殊化の程度をみても同じでした。加えて、種子散布を行う鳥類と植物の関係でも同じパターンが得られたことが特筆すべきことでしょうか。


 しかし、世界中の送粉ネットワークのデータを集めて解析したのはこの研究だけではありません。Olesen & Jordano (2002)、Ollerton & Cranmer (2002)、Trøjelsgaard & Olesen (2013) も同様に世界中のデータを使って緯度に沿った送粉ネットワークの構造を解析しています。これらの研究も、温帯と比べて熱帯では必ずしも特殊化が起こっているわけではないとしつつも、温帯の方が特殊化しているというパターンを検出するには至っていませんでした。


 これらの異なる結果をどう捉えたら良いのでしょうか?そもそもハチドリという特定分類群に絞った研究と、ハチドリ以外の鳥、昆虫(ハナバチ、チョウ、ガ、ハエなど)など花を訪れるものをすべて考慮に入れた研究とを同列に比較するには無理があるかもしれません。ハチドリの嘴と訪花植物の花の構造には互いへの適応が働くため、過去の気候が安定した地域で共進化を通じた特殊化が高まってきた可能性があります。


一方、雑多な共生者たちとの緩い関係は、現在の気候条件に強く影響されていました。これは、ハナアブのような日和見主義的な送粉者なら、その時々の気温に直接影響されているといえば想像しやすいかもしれません。また、熱帯域では、送粉者や種子散布者の寿命や活動時期の長くなることで、それらが利用する植物の種が増えやすいということも論文で論じられていました。


『Current Biology』誌上でOllerton (2012) が批評しているように、上記の研究すべてに当てはまりますが、使用されているデータの多くは緯度系列にそって特殊化が起こっているかどうかを検証するために設定され得られたものではありません。加えて、新大陸のデータがやはり多く、他の地域が少ないという偏りも指摘されています。そもそも種数を推定するにもちょっとした採集努力では飽和しません(参考:種数の定義稀な種とは何か)。種数が異なる熱帯と温帯で、同じようなサンプリング努力で推定された種数と種間相互作用の比較は困難です。種数さえ推定するのが難しいのに、種間相互作用数やそのネットワーク構造を正確に推定するのはより難しいのは当たり前のことでしょう。


参考
Dyer LA et al. (2007) Host specificity of Lepidoptera in tropical and temperate forests. Nature 448: 696-699.


Olesen JM, Jordano P (2002) Geographic patterns in plant-pollinator mutualistic networks. Ecology 83:2416-2424.


Ollerton J (2012) Biogeography: Are tropical species less specialized? Current Biology 22: R914.


Ollerton J, Cranmer L (2002) Latitudinal trends in plant-pollinator interactions: are tropical plants more specialised? Oikos 98:34-350.


Trøjelsgaard K, Olesen JM (2013) Macroecology of pollination networks. Global Ecology and Biogeography online published.


Vázquez DP, Stevens RD (2004) The latitudinal gradient in niche breadth: concept and evidence. American Naturalist 164:E1-E19.


 緯度系列にそった特殊化のパターンがあるかどうかは、これまでの研究が示唆するように、ギルドや分類群によるのだと思います。ただ、近年熱帯でも大規模な生態学研究が行われるようになってきたので、「既存のデータのかき集め」ではなく、この仮説を検証できるようなデータセットが収集される日がくるような気もします。

*1:マッカーサーの本を改めてチェックしてみましたが、ぼんやりと述べているだけで、あたりまえですがVázquez & Stevens (2004)の論文の方がより明確に述べられています。ちなみに、Vázquez & Stevens (2004)の時点では、この仮説を支持する強力なデータは得られていないとしています。

「Graphical abstract」とは

 去年の夏くらいに論文をやりとりしている中で、査読者の一人*1から「Graphical abstract」というのを作成するように言われました。知らない用語だったので、調べてみると、Abstract(摘要)が簡潔な文章の要約または抜粋であるのに対し、論文の結果を代表できるような1枚のプレートで表現できるような図を「Graphical abstract」と呼んでいるようでした(参考:Graphical abstracts)。これまで生態学・進化学ではそれほど一般的なものではなかったと思います。



「Graphical abstract」の一例


昨今は図書室で新刊の雑誌をパラパラと直接見るよりも、雑誌のウェブサイトや電子メールで送られてくる目次などでタイトルと摘要 をチェックすることの方が多くなったように思います。ちょっと専門外の分野・材料(生物群)になると、英語のタイトルと摘要だけでは、非英語圏の研究者にとっては使用されている英単語がなかなか馴染みがありません。一読でどういう研究かを理解するのは困難です。そういう場合でも、「Graphical abstract」という図や写真が読者の判断や理解を助けるのは間違いありません。


特に、生態学や進化学の場合、どういう生物を扱っているのかを写真ででも記してもらえば一目瞭然のことも多いでしょう。Elservier出版では「Graphical abstract」と呼んでいますが、他の雑誌では、直接そういう名前で呼ばなくても、写真や図を摘要と一緒に載せているサイトも増えつつあるようです。今後どういう呼び名であれ、定着していけば良いなあと個人的には思っています。


 生物の進化や系統学などを扱っている『Molecular Phylogenetics and Evolution』誌は、さまざまな分類群の生物が登場するのでこの試みは割と成功しているように感じます。


『Molecular Phylogenetics and Evolution』の目次(リンク


 Eleservier出版以外ではまだそれほど一般的ではありませんが、生物の生態と進化を扱うオープンアクセスの『Ecology and Evolution』誌でも写真を多く使われており、個人的にはチェックしやすいと思います。


『Ecology and Evolution』の目次(リンク


 毎日山のように論文が出版され、インターネットの普及によってそれぞれにアクセスが容易になりつつあります。個々の論文がいかに読まれるかは著者の努力にかかっているでしょう。論文の内容が第一なのはもちろんですが、タイトルや摘要だけでなく、1枚の図でいかに興味を惹き付けるかも重要になってくるかもしれません。

*1:査読者でそんな要求をするなんて初めてでしたので、たぶん編集者が査読者の一人としてコメントしたんだろうと思います。

小学生にサイエンスはできるか?

 数年ぶりに風邪をひいてしまいました。仕方なく自宅で安静にしていた時に興味深いテレビ番組を観ました。


 スーパープレゼンテーションという番組です。各界のユニークな演者が15分ほどプレゼンを行うというTEDの動画を日本向けの語学番組として紹介したもののようです。


その中で、小学生でもサイエンスを研究することが可能で、実際に英国の小学生25人が行ったマルハナバチの研究が、『Biology Letters』という英国王立協会の学術誌に掲載されたというプロジェクトについての講演がありました。2年ほど前に日本の新聞でも取り上げられたので覚えている人も多いかもしれません(参考:英小学生のハチの研究、実は大発見 権威ある学術誌に掲載)。もちろん、論文はプロジェクトを率いたBeau Lottoという研究者によって執筆されたのですが、図は小学生の書いた図や感想文がそのまま掲載されたりして、なかなかユニークな論文となっています。


講演では、小学生によるプロジェクトがどのように進行していったのか、Lotto自身の語りとともに小学生の一人もトークを行っています。論文掲載への道のり(リジェクト、著名な研究者によるコメント、査読、そしてアクセプト)についてもジョークを交えて語られているので研究者にとっては参考になるかもしれません。


スーパープレゼンテーション「みんなの科学(子供も大歓迎!)」
(上記リンク先では日本語字幕スーパーで観ることができます)



Beau Lotto + Amy O'Toole: Science is for everyone, kids included
スーパープレゼンテーションの元になっているTEDの動画


 科学研究の論文というのは、いくつか決まった手続きがあるため、小学生だけで掲載まで至るのは難しい側面があります。こういう研究は、「どうせ大人が話題作りに小学生を利用して行っただけなんだろう」といううがった見方をしてしまう人もいるかと思います。しかし、考えてみれば、この論文に限らず、生態学の研究では、論文の元になる実験・観察データそのものは、実は小学生でも簡単にとることができるのではないでしょうか。加えて、変に偏見がない分、シンプルで一般性のあるアイデアを思いつく可能性もあります。


 私自身、大学の卒業研究で最初に行った研究は、小学生の頃の自由研究と何らか変わるものではありませんでした。ガの幼虫を飼育して、そこから羽化してくる寄生バチや寄生バエを記録し、専門の先生に送って種を同定してもらい、寄生率を集計しただけのデータでした。それでも、既出版の関連する論文を読んで、科学論文の手続きを踏んで論文を書き上げることができました(『Biology Letters』に掲載されるほどのレベルには到底及びませんでしたが・・・)。


 論文執筆の難しいところは、アイデアがどれだけユニークか、また得られたデータがこれまでの知見ととどう違うのか、そして相対的にどういう価値があるのかを客観的に記す必要があることです。しかし、シンプルな規則を覚えればあとは興味のある限り情熱をもって続けることが可能な、将棋や囲碁、プログラミングなどでは、大人に負けない実力を持つ小学生が現れています。そういう意味でも、高価な機器を必要としない分野では、子供でも重要な科学的発見がなしえるようにも思えます。


文献
Blackawton PS (2011) Blackawton bees. Biology Letters 7: 168-172.


 子供が疑問に思うことを丁寧に聞いていけば、ユニークな研究へのヒントが得られるかもしれませんね。

植物が粘毛によって虫を捕獲し捕食者を誘引する

 植物なのに昆虫などを捕らえてエサにする。本来、独立栄養生物なのに、動物のように捕食者にもなりうるという食虫植物は大変ユニークな存在です。ダーウィンもその生態に興味を持ち、モウセンゴケの葉がタンパク質などに対して反応することを実験的に示唆するなど、食虫植物の本まで書いています(Darwin 1875 Insectivorous Plants)。



世界の食虫植物(世界の食虫植物を見に行った気分になるお気に入りの写真集です)



モウセンゴケは、葉の長い毛の先端から粘液を出して、さまざまな昆虫を捕らえることができます。私自身、昆虫好きということもあって、そんなモウセンゴケを見るだけで今でも興奮してしまいます。そういう影響もあって、昆虫と植物の相互作用を研究テーマに決めた大学院生の頃、選んだ対象に選んだのはモチツツジという植物でした。


モチツツジの葉や茎、萼には長く粘る毛がたくさん生えていて、それに羽や脚を捕らえられた昆虫が多く死んでしまいます*1。そんな昆虫遺体を食べるカスミカメムシを研究し、最終的に論文としてまとめることができたのは良い想い出です。



モチツツジ上で死んでしまった昆虫たち(Sugiura & Yamazaki (2006) の図1より)



昆虫遺体を食べるモチツツジカスミカメ


 カスミカメムシ以外に興味深かった昆虫として印象的だったのは、サシガメの仲間です。サシガメ類は比較的大型で脚も長いため、粘毛に捕われることなくモチツツジ上を歩き、遺体を食べたり、生きたガの幼虫などを食べていました(厳密には体液を吸汁します)。このようにモチツツジはサシガメ類にとって良いエサ場だといえました。調査地ではサシガメ類はカスミカメに比べてそれほど密度が高いわけではなかったので、研究対象にはしませんでしたが、モチツツジの粘毛と捕食性昆虫との間には何か興味深い関係があることはうっすらと感じていました。粘毛が寄生蜂群集に与える影響(Sugiura 2011)について少し考えた以外は、他に具体的に検証できるような仮説は思いつきませんでした。



昆虫遺体を食べるシマサシガメ


 最近米国の研究グループが、粘毛をもつ植物上で、昆虫遺体を食べにきたサシガメ類などの捕食者が植食者を減らし、さらにその植物の繁殖成功にまで影響を与えうるという新たな仮説を提唱し、野外実験により検証することに成功しました。


 一年生草本であるキク科の一種(Madia elegans)は粘着性のトリコーム(以後粘毛と呼ぶ)をもつため、植物上にはしばしば節足動物の遺体が見られる。この植物の花芽は、スペシャリストの植食者ヤガ科の一種(Heliothodes diminutiva)の幼虫による食害を受ける。植物上の粘毛密度が高いほど、季節を通しての節足動物遺体が増える。遺体が多いほど、遺体を食べかつ生きた昆虫も食べるサシガメ科の一種(Pselliopus spinicollis)の産卵数が増加する。


 粘毛によって節足動物遺体が増加し、それらを食べる捕食者が誘引され、結果として植食者の密度が低下し、食害率および果実(種子)生産が増加するという仮説を検証した。



図. 粘毛による遺体増加がもたらすトップダウン効果


 カリフォルニア大学の自然保護区(Stebbins Cold Canyon Nature Reserve)において、82植物個体を選定し、そこからランダムに選んだ41個体に5個体ずつのショウジョウバエの遺体を追加し、その他41個体に対照区として死体を加えなかった。この実験の結果、遺体を追加した植物では、対照植物よりもサシガメの産卵が増え、クモの個体数も増え、結果、ヤガ幼虫による花芽の食害が減って、果実生産が増えた。


さらなる実験として、28植物個体のうちランダムに選んだ14個体(2個体は幼虫が行方不明になったため解析から除去)に生きたヤガ幼虫を1個体追加し、その他14個体に対照区としてヤガ幼虫を加えなかった。結果、幼虫を加えた植物個体では対照植物よりも花芽の食害が増え、果実生産が減少した。


 以上の結果より、粘毛による節足動物遺体の増加によって、遺体も食べる捕食者が増え、そのエサとなる植食者が減少し、さらに植物の繁殖成功度にも影響を与えていた。


Krimmel BA, Pearse IS (2013) Sticky plant traps insects to enhance indirect defense. Ecology Letters, online published.


 一般には、粘毛は植食者に対する植物による物理的な防衛の一種だと考えられてきました。維管束植物の約20〜30%の種には(多かれ少なかれ)粘毛があるそうですが、実際、物理的な防衛になっているという証拠はそれほど多く知りません。私が研究したモチツツジ上でも、確かにアブラムシやグンバイムシという吸汁タイプの植食者には粘毛が有効に働いていそうでしたが、ガの幼虫などには一方的に食べられているような印象がありました。そういう意味でも、粘毛にはさまざまな意義が考えられるだろうし、実際あると思います。今回は、粘毛の意義について新たな仮説が提唱され、奇麗に検証されたのには驚きました。


 機会があれば、粘毛植物や食虫植物と昆虫との相互作用について、再び研究してみたいなあと、思い出させるような論文でした。

*1:モチツツジも捕らえた昆虫から栄養源を得ていれば食虫植物と考えられます。しかし、遺体を溶かす消化酵素は発見されていませんし、窒素安定同位体比を調べた研究によって昆虫を主な栄養源とはしていないことが明らかにされています(Anderson et al. (2012

日本産陸上発光動物一覧

 ノーベル賞の対象ともなったオワンクラゲの発光物質の研究に見られるように、海産の発光動物はよく知られています(参考:wikipedia生物発光」)。陸上では、ホタルの仲間が多くの種類で知られ、日本でもゲンジボタルヘイケボタルというように夏の風物詩ともなっています。実は、陸上の動物でも、ホタルの他に発光動物が知られています。以前紹介したヒカリコメツキは日本には分布しませんが、キノコバエ、イボトビムシヤスデ、ジムカデ、ミミズといった多様な動物群で生物発光が見られることはあまり知られていないように思います。ということで、日本産陸上発光動物についての英文総説を読む機会があったので紹介しておきます。


 日本産の陸上発光動物として、昆虫類ではホタル51種、ツノキノコバエ2種、イボトビムシ1種、多足類ではヤスデ1種、ムカデ1種、ミミズでは2種、合計58種が生物発光する種として記録されている。



昆虫綱(INSECTA)
鞘翅目(Coleoptera)
ホタル科(Lampyridae)およびオオメボタル科(Rhagophthalmidae→Phengodidae)「日本産ホタル科の全リスト」を参照(ただし以下の1種はのぞく)


Pyropyga sp. 分布:本州(東京、埼玉、神奈川)、北米(?)


ホタル類以外は以下の通り


双翅目(Diptera)
ツノキノコバエ科(Keroplatidae)
ツノキノコバエ亜科(Keroplatinae)
52. ニッポンヒラタキノコバエ Keroplatus nipponicus (Okada, 1938)  分布:北海道、本州、八丈島
53. メスグロヒラタキノコバエ Keroplatus biformis (Okada, 1938)  分布:北海道、本州、極東ロシア


粘管目(Collembola)
イボトビムシ科(Neanuridae)
54. アカイボトビムシ属の一種 Lobella sp. 分布:本州(東京)


倍脚綱(DIPLOPODA)
フトマルヤスデ目(Spirobolida)
カグヤヤスデ科(Spirobolellidae)
55. タカクワカグヤヤスデ Paraspirobolus lucifugus (Gervais, 1836)  分布:熱帯(沖縄本島、台湾を含む)


唇脚綱(CHILOPODA)
ジムカデ目(Geophilomorpha)
オリジムカデ科(Oryidae)
56. ヒラタヒゲジムカデ Orphnaeus brevilabiatus (Newport, 1845) 分布:熱帯・亜熱帯(沖縄本島、台湾を含む)


貧毛綱(OLIGOCHAETA)
ナガミミズ目(Haplotaxida)
ムカシフトミミズ科(Acanthodrilidae)
57. ホタルミミズ Microscolex phosphoreus (Dugès, 1837) 分布:本州、四国、九州、欧州、北南米


フトミミズ科(Megascolecidae)
58. イソミミズ Pontodrilus litoralis (Grube, 1855)  分布:広域分布(本州、九州を含む)


文献
Oba Y et al. (2011) The terrestrial bioluminescent animals of Japan. Zoological Science 28:771-789.


 日本産陸上発光動物のリストと和名、シノニムリスト(かつて使用されてきた学名などを整理)、DNAバーコーディングデータに加え、各種が写真入りで解説されているのが良い感じです。発光動物に関わる歴史や背景、生態など多方面な解説もあって、なかなか興味深い総説論文です。ただし英文で書かれているので、日本の一般の人向けとはいえないかもしれません。いずれ日本語でも詳細な解説が出ることを期待しています(すでに出ているかもしれませんが)。

研究留学

 異国の地で一定期間留まって研究に従事することをここでは研究留学と呼ぶとします。研究者を志すなら、一度はこの研究留学を体験しておきたいものです。しかし、研究留学がどういうものか、大学生や大学院生の頃から事前に知っておくのは大切なことだと思います。将来研究留学する気がなくても、いつ気が変わるかわかりません。私自身、大学生・大学院生の頃は、研究留学することへの憧れはあっても、実際に留学することになるとは夢にも思っていませんでした。しかし、就職してから、新しく関わらざるを得なくなったテーマについて改めて勉強するために・・・、いや本音を漏らせば、とにかく現状から逃げ出したいという消極的な思いから研究留学に至ったのが実情でした。しかし実際に研究留学を経験してみて、もっとはやくから、いろいろなことを知っておくべきでしたし考えておくべきでした。そんな消極的な理由ではなくとも、強く研究留学をしたいという人の方が多いかもしれません。しかし、そういう人でも研究留学とはどういうものか、具体例をなるべく多く聞いて有益な情報が増えるのに悪いことはありません。


 ということで前置きが長くなりましたが、研究留学について経験者に直接伺ってみようという講演会を企画をしてみました。日本生態学会の関東地区会主催のシンポジウムという枠組みを使わせていただいたので、分野は生態学ですが、その他の学問分野にも関連することも多いと思います。3人の研究者に話をしていただきます。お二方は日本から海外へ、もうお一方は海外から日本への研究留学ということで、少し違った角度から話を伺いたいと思います。


日本生態学会や関東地区会の会員でなくても無料で参加できるようですので、興味のある若い学生の方におすすめです。すべて野外調査(フィールドワーク)を軸に研究されている方なので、海外ならではの自然や生き物についての話を伺うのも楽しみです。


詳しくは↓のページを御覧ください
日本生態学会関東地区会2013年公開シンポジウム
生態学者の研究留学


稀な種とは何か

 私が昆虫少年だった頃、昆虫図鑑に「稀(まれ)な種」という記述をみるだけで、その種に憧れをもち、いつかは採集してみたいと感じました。逆に「普通種」という記述は、どんなに格好が良くてもその種を色あせたものにしてしまいました。


しかし、生態学を学ぶようになってくると、普通種の魅力、重要性にも気づくようになってきました。普通種は生態系の中で重要な役割を果たしていたり、また経済的な問題を引き起こすことも多く(農林業害虫など)、生態学の基礎・応用の両方から重要な種といえます。何より、生態学的に意味のあるデータをとるためにはある程度個体数が多い種を選ばないと論文も書きにくいという実利的な面もあります。一方、稀な種が学問的には重要ではないわけではなく、少なくとも希少種の保全という観点から(つまり保全生物学的には)同じく重要だと考えられます。そして、かつて昆虫少年だった身としては稀とされる種を見つけるだけで今でも心躍ります。


しかし、そもそも普通種(common species)と稀な種(rare species)を分ける定義は何でしょう? アオサギのようにどこにでもいる種類と、トキのように限られた場所に少数だけが生息している種類がある場合は明らかでしょう。つまり、相対的に個体数が少ないものを「稀な種」と一般的には考えています。しかし、大型の哺乳類や鳥とは異なり、小型の昆虫類の場合は、その定義がなかなか難しいことが多いのです。


 具体的な例をあげてみましょう。私が大学院の頃、とある京都の二次林において、モチツツジとコバノミツバツツジという2種類の植物上で、植物体を摂食する完全変態昆虫の幼虫類を3年間毎週のように採集し続けました。結果、モチツツジでは3976個体61種、コバノミツバツツジでは1370個体49種が採集できました。それぞれの植物種上で、横軸に個体数が最も多い種から順番に並べ、縦軸に各種の個体数をプロットします(種ランク−個体数関係:rank abundance curve*1



植食性昆虫の種ランク−個体数関係


 このグラフをみると、一部の種類が群集全体の個体数の多くを占め、多くの種がわずかな個体数を占めているだけであることがわかります。モチツツジとコバノミツバツツジでは厳密には異なりますが、大きくは同じパターンを示しています。この対象をいろいろな生息域、生物群集、つまり、干潟の鳥群集や、溜池の底生動物群集、温帯林の樹木群集にあてはめても一貫して見られるパターンです(ただし、一般的には同じ栄養段階に属している群集が対象)。


このようにある一定時期、一定の場所で一定の方法で行われた調査によって得られたサンプルから、相対個体数を求め、各種の「稀さ」を推定できるのですが、問題も多くあります。例えば、本来はコナラなどの高木層の葉を主に食べる個体数の多い種類が、樹上からたまたま低木層にあるモチツツジ上に落ちている場合があります。いろいろな樹木の葉を食べるが、コナラが好きで極稀にしかツツジの葉を食べない種類の場合、その場所では、明らかに普通種でも、ツツジ上で調べる限りは「稀な種」になってしまいます。つまり「ツツジ上でのサンプリング」という手法によって「普通種」が「稀な種」になってしまった例といえるでしょう。


別の例として、平地でクヌギの樹液に集まる昆虫の群集を考えてみましょう。カナブンやカブトムシ、ノコギリクワガタコクワガタは比較的多く見られますが、マイマイカブリアオカナブンの個体数は少ないものです。ではこれらの種は「稀な種」なのでしょうか? 厳密には違います。マイマイカブリは地表を徘徊してカタツムリを食べていますが、稀に樹液を舐めにやってくるだけです。アオカナブンは平地よりも山地に生息しているため平地の樹液には集まりにくいだけです。逆に、地面に穴を掘ってカップを設置するピットフォールトラップという落とし罠による調査では、マイマイカブリなどのオサムシが多く採集されるけれど、クワガワタムシ類はわずかにしか採集されないでしょう。


このように、本来の生息場所や時期が異なる種や、異なる採集法によって見かけ上の「稀な種」が生まれます。そこそこ個体数が生息しているが、人間による限られた採集方法では探知できておらず、そういう種類は「稀な種」と認識されている可能性があるというわけです。


 では、熱帯林などで問題となっている稀な種についてはどうでしょうか。熱帯林などにおいて、いくらサンプリング(採集)を繰り返してもいつまでも種数が飽和しない現象は節足動物類でよく知られています。特に、徹底的な調査にも関わらず1個体しか得られない種は「単一個体種」(シングルトン:singleton)と呼ばれており、この単一個体種の多さが熱帯における高い種多様性を特徴づけていると言われてきました(単一個体種が多いと「種ランク−個体数関係」のグラフの右側のテールが長くなる)。しかし、本当にそのような極端に少ない個体数が存在するのでしょうか? この単一個体種の多さは熱帯生態学においての重要な謎とされてきました。


 熱帯における節足動物類の群集研究のうち、採集総個体数、総種数、「単一個体種」の種数が記録されている71の研究を調査した。結果、「単一個体種」は総種数のうち平均31.6%を占めていた。


 この「単一個体種」の高い割合をもたらす要因を明らかにするために、ガイアナの熱帯低地林1ha (100m×100m)から10日間にわたる徹底的な調査によって、クモの成体5965個体352種を採集した。結果、「単一個体種」は101種で全体の割合29%を占めた。


 クモ類で「単一個体種」の高い割合をもたらす要因として、以下の5つの要因を調査した。


検討した仮説
1)「単一個体種」は小型種が多く見つかりづらい
2)「単一個体種」は雌よりも移動しやすい雄が多い
3)「単一個体種」の各個体は0.25haから1haよりも広いスケールで分布している
4)「単一個体種」は探知しづらい隠蔽個体が多い
5)「単一個体種」は単なるサンプリング不足


結果
1)「単一個体種」はむしろ相対的に大型な種であった
2)「単一個体種」には性比の偏りがなかった
3)入れ子状に配置された0.25haのサブプロットごとの「単一個体種」数に違いはなかった
4)分類群(科)間で「単一個体種」の相対頻度に違いがなかった
5)観測種数(352種)は、推定種数(Chao1:443種;対数正規分布:694種)より大幅に低く、サンプリング不足が示唆された。


 個体数と種数の関係(相対種個体数:relative species abundance)は、対数正規分布*2への当てはまりがよく、100万〜200万個体、約700種の群集からのランダムサンプリングによるシュミレーションでは、真の「単一個体種」はわずか4%と示唆された。


 また71の既存研究について、サンプリングを行う頻度が高いほど、「単一個体種」の割合は減少していた。



サンプリング強度と「単一個体種」の割合の関係


 以上の結果、クモ類での「単一個体種」の高い割合は、サンプリング不足による可能性が高い。


文献
Coddington JA (2009) Undersampling bias: the null hypothesis for singleton species in tropical arthropod surveys. Journal of Animal Ecology 78:573-584.


 「単一個体種」の高い割合がサンプリング不足にすぎなかったという結論でした。とはいえ、その生じる要因を詳細に調べた優れた群集生態学の研究だと感じました。そもそも、「単一個体種」の割合が高いのは熱帯林だけに限りません。先の私が調べたツツジの研究でも、モチツツジで34.7%(17種)、コバノミツバツツジで31.1%(19種)もの「単一個体種」が含まれていました。つまり、温帯熱帯に関わらず比較的種数の多い群集から現実的なサンプリングを行う場合、多くの見かけ上の「単一個体種」を検出してしまうのだと思います。


 そもそも「群集」は研究者、調査者が多かれ少なかれ恣意的に切り取った断片(snapshot)にすぎないわけで、現れる群集パターンというのはその「切り取り方のパターン」を反映しているだけかもしれません。群集研究者は、1980年ごろよりこの可能性を除去するために、ランダムに形成したモデル群集(帰無モデル)を創出し現実の群集と比較して何とか「自然の」パターンを抽出しようと努力してきました(参考:チェッカー盤分布をめぐる論争)。


それでも適切な帰無モデルを作ることができているのか不安はあります。種の分布をランダムに配置しても説明可能という群集が多く存在し、そもそもランダムな群集は論文として発表されにくいので過小評価されやすいかもしれません。


 群集生態学は、この「サンプリング問題」と常に向き合っていかないといけないわけです。

*1:縦軸は相対個体数をとることが多いですが、ここでは1個体のみの種を示すために単なる個体数の対数をとっています。

*2:相対種個体数(relative species abundance)が対数正規分布への当てはまりが良いことは古くから知られていましたが、Hubbell(2001)はゼロサム多項分布への当てはまりがより良いことを指摘しました。そもそもHubbellの想定した群集は、熱帯林のように林冠が閉じ個体数が飽和したようなものを想定しているのに対し、クモなどの節足動物群集では個体数が飽和しているイメージがなくこの前提には当てはまらないので対数正規分布が妥当な気がします。このあたりの研究の歴史はかなり重要なので、いつかは解説したいところですが、Hubbellの本が翻訳されているので、これを読むのが一番手っ取り早いと思います→「群集生態学―生物多様性学と生物地理学の統一中立理論」(S.P. Hubbell)