「種の豊かさ」とも訳される「species richness」は「生物種の数(種数)」のことを意味します。
群集生態学を勉強し始めた大学4年生の頃、論文の中で頻繁に出てくる「species richness」が最初何を示しているのかわかりませんでした。種数のことを言っているらしいことはわかってきたのですが、「species number」とか「number of species」など別の言い方もあるのに何故わかりやすい用語で統一して使わないのだろうと思ったものです。論文によってはspecies richnessについては何の説明もなくただ使用されています。今のように、すぐに答えを用意してくれるGoogleさんもWikipediaさんもなかった頃でした。周囲の人に聞いてもイマイチはっきりした答えがなく、多様性指数の一つなんじゃないかというくらいの返答でした(群集生態学を真剣に研究・勉強している人がいなかっただけかもしれませんが)。
「species richness」という単語をタイトルや要旨に含む論文は毎年のように増え続け、今では年間(2011年)3309本に達します(図1;Web of Science調べ)。
図1. 年ごとの「species richness」を含む論文数の推移
逆に英語で論文を書く場合、種数を表現するのに species richness を使えば良いかえといえばそうとは限りません。以前、論文を投稿した時に、トラップあたりの種数に species richness を使ったところ、厳密には「species density」(種密度)にあたると査読者に指摘され、Gotelli & Colwell(2001)の総説を読むように指導されました。彼らの総説や Magurran(1998)の教科書には、「species richness」と「species density」が厳密には同じではないことが解説されています。
species density は、単位面積やトラップあたりの種数を表します。つまり、私達が野外で実際に群集データをとってサンプル間で種数を比較する場合など多くは、species density を使っているといえます。
species density を比較する時に、サンプリング計画をしっかり考えておかないと、とんでもない間違いを犯してしまうことがあります。例えば、仮想的な2つの群集を考えます。この2つの群集は種数、個体数、各種分布などは全く同じとします。この2つを比較する時、群集Aでは20個の方形区(1方形区が10平方センチで、合計200平方センチ)から合計31種を記録したのに対し、もう片方の群集Bでは10個の方形区(合計100平方センチ)から合計27種を記録したとします。この調査では、群集Aの種数が多いのですが、群集Bでは調査サンプル数が少なかったため種数が少ない可能性が高いとも考えられます。そこで、100平方センチメートルあたりの種数を考えると、群集Aが15.5種となって、群集Bの方が種数が多いことになってしまいます。本当は全く同じ種数をもつ群集であるにもかかわらず。
図2. 累積曲線とrarefaction curve(100平方cmと200平方cmにおける累積種数)
一般に、方形区を追加するに従い累積種数を記録していくとすると、1つの方形区よりも2つ、3つと調べていくに従い累積種数は増加します(図2)。しかし、その種数の増加は、直線的ではありません。最初は累積種数の増加勾配は急ですが、徐々にその増加勾配は減少し、最終的には飽和します。つまり、先の例では、もし2つの群集が全く同じものであっても、異なる種数が得られてしまうというわけです。サンプル数に対する累積曲線は、近年のコンピューターの発達とソフトの開発によって、「rarefaction curve」として容易に描かれるようになってきました(EcoSim、EstimateS、Vegan for R, Rarefaction Calculator)。
このように、異なる群集を比較する時に、サンプル数に対してどのような累積曲線(またはrarefaction curve)をとるのかを知っておかないと、とんでもない間違いを犯してしまうことになります。
ところで、rarefaction curve には2種類あることが知られています。トラップや方形区というサンプル数をとる時を「sample-based rarefaction」、サンプル数をサンプル個体数と捉えた曲線を「individual-based rarefaction」と呼びます(図3)。この両者は似ているようでいて、若干異なります(図3)。前者は、個々の種の空間分布に強く影響されることが多いこと、後者は野外において個体のランダムサンプリングがそもそも難しいのが欠点でしょうか。アリのようにコロニー単位で分布する生物では、前者の方を使ったほうが良いでしょう。
図3. Rarefaction curve の種類
しかし、野外で調査していると、どうしても片方の群集ではサンプル数が十分にとれないということは日常茶飯事です。また、熱帯雨林などでは、種数が多すぎて、いくらサンプル数をとっても累積種数はなかなか飽和しません。例えば、コスタリカのラ・セルバの森林では、30年にわたる継続調査にもかかわらず未だアリの種数は飽和しないそうです。
もちろん、種数を推定するというプログラムも開発されていて、それらを使って観察種数から推定された種数を用いて群集間の比較が多くなされています。最もシンプルな推定法として、例えば、観察された種数と1個体しかサンプルされたかった種数(number of singleton species)、2個体しかサンプルされなかった種数(number of doubleton species)を使って推定する方法(Chao 1)があります(参考:The Chao Estimator)。他にも、一長一短がありますが、たくさんの方法が開発されています((EcoSim、EstimateS、Vegan for R, Rarefaction Calculator))。
ところで、「species richness」という単語は、いつ頃から使われ始めたのでしょうか。群集生態学の草分け的存在のWilliamsやPreston、MacArthurの時代から、種数自体はよく検討されてきたのですが、彼らの論文の中ではspecies richnessという単語が使われたという様子はありません。species diversityというような広意味での単語も種数と捉えられていた節さえあります。その後、さまざまな多様性指数を提案・開発されるにつれ、species diversity の中でそれぞれの指数を定義する単語が生み出されてきたようです(参考:有機農法が害虫の天敵の多様性を高め収穫量を増やす)。Web of Scienceで調べる限りでは、1972年に Kricher が Ecology 誌上で発表した論文で初めてタイトルにspecies richness という単語を使っています。この論文では、本文でも括弧付きで species richness を表記して定義しているので、当時は馴染みのなかった単語であるのは確かでしょう。その後、1990年代から2000年代にかけて多様性科学のブームとともに頻繁に使われるようになった模様です。
逆に、「species density」という言葉の方がより古くから使われているようで、1964年の論文のタイトルに見られました。species density は一定面積あたりの種数として用いられることも多く、種数ー面積関係と深く関連しています。生物地理学やマクロ生態学の分野においても species density が新たな展開をもたらしてくるかもしれません。
文献
Kricher JC (1972) Bird species diversity: the effect of species richness and equitability on the diversity index. Ecology 53:278-282.
Gotelli NJ, Colwell RK (2001) Quantifying biodiversity: procedures and pitfalls in the measurement and comparison of species richness. Ecology Letters 4:379-391.
Gotelli NJ, Colwell RK (2011) Estimating species richness. pp. 39-54 in: Biological Diversity: Frontiers In Measurement And Assessment. A.E. Magurran and B.J. McGill (eds.). Oxford University Press, Oxford. (PDF: 321KB)
Magurran AE (1988) Ecological Diversity and Its Measurement. Princeton University Press. (PDF:2.7MB)
Simpson GG (1964) Species density of North America recent mammals. Systematic Zoology 13: 57-73. (PDF: 2.4MB)
この20年、種多様性にまつわる研究は非常に多くなされてきたため、種数や推定種数についての研究も山のようにあります。教科書もいくつかあって、どれを読んだら良いのかもわからないくらいです・・・。とりあえず、Godfray & Colwell、Magurranといった著名な人が執筆しているオムニバスの本を買ったので、少しずつ勉強しておきたいところです。
Biological Diversity: Frontiers in Measurement and Assessment