「Graphical abstract」とは

 去年の夏くらいに論文をやりとりしている中で、査読者の一人*1から「Graphical abstract」というのを作成するように言われました。知らない用語だったので、調べてみると、Abstract(摘要)が簡潔な文章の要約または抜粋であるのに対し、論文の結果を代表できるような1枚のプレートで表現できるような図を「Graphical abstract」と呼んでいるようでした(参考:Graphical abstracts)。これまで生態学・進化学ではそれほど一般的なものではなかったと思います。



「Graphical abstract」の一例


昨今は図書室で新刊の雑誌をパラパラと直接見るよりも、雑誌のウェブサイトや電子メールで送られてくる目次などでタイトルと摘要 をチェックすることの方が多くなったように思います。ちょっと専門外の分野・材料(生物群)になると、英語のタイトルと摘要だけでは、非英語圏の研究者にとっては使用されている英単語がなかなか馴染みがありません。一読でどういう研究かを理解するのは困難です。そういう場合でも、「Graphical abstract」という図や写真が読者の判断や理解を助けるのは間違いありません。


特に、生態学や進化学の場合、どういう生物を扱っているのかを写真ででも記してもらえば一目瞭然のことも多いでしょう。Elservier出版では「Graphical abstract」と呼んでいますが、他の雑誌では、直接そういう名前で呼ばなくても、写真や図を摘要と一緒に載せているサイトも増えつつあるようです。今後どういう呼び名であれ、定着していけば良いなあと個人的には思っています。


 生物の進化や系統学などを扱っている『Molecular Phylogenetics and Evolution』誌は、さまざまな分類群の生物が登場するのでこの試みは割と成功しているように感じます。


『Molecular Phylogenetics and Evolution』の目次(リンク


 Eleservier出版以外ではまだそれほど一般的ではありませんが、生物の生態と進化を扱うオープンアクセスの『Ecology and Evolution』誌でも写真を多く使われており、個人的にはチェックしやすいと思います。


『Ecology and Evolution』の目次(リンク


 毎日山のように論文が出版され、インターネットの普及によってそれぞれにアクセスが容易になりつつあります。個々の論文がいかに読まれるかは著者の努力にかかっているでしょう。論文の内容が第一なのはもちろんですが、タイトルや摘要だけでなく、1枚の図でいかに興味を惹き付けるかも重要になってくるかもしれません。

*1:査読者でそんな要求をするなんて初めてでしたので、たぶん編集者が査読者の一人としてコメントしたんだろうと思います。

小学生にサイエンスはできるか?

 数年ぶりに風邪をひいてしまいました。仕方なく自宅で安静にしていた時に興味深いテレビ番組を観ました。


 スーパープレゼンテーションという番組です。各界のユニークな演者が15分ほどプレゼンを行うというTEDの動画を日本向けの語学番組として紹介したもののようです。


その中で、小学生でもサイエンスを研究することが可能で、実際に英国の小学生25人が行ったマルハナバチの研究が、『Biology Letters』という英国王立協会の学術誌に掲載されたというプロジェクトについての講演がありました。2年ほど前に日本の新聞でも取り上げられたので覚えている人も多いかもしれません(参考:英小学生のハチの研究、実は大発見 権威ある学術誌に掲載)。もちろん、論文はプロジェクトを率いたBeau Lottoという研究者によって執筆されたのですが、図は小学生の書いた図や感想文がそのまま掲載されたりして、なかなかユニークな論文となっています。


講演では、小学生によるプロジェクトがどのように進行していったのか、Lotto自身の語りとともに小学生の一人もトークを行っています。論文掲載への道のり(リジェクト、著名な研究者によるコメント、査読、そしてアクセプト)についてもジョークを交えて語られているので研究者にとっては参考になるかもしれません。


スーパープレゼンテーション「みんなの科学(子供も大歓迎!)」
(上記リンク先では日本語字幕スーパーで観ることができます)



Beau Lotto + Amy O'Toole: Science is for everyone, kids included
スーパープレゼンテーションの元になっているTEDの動画


 科学研究の論文というのは、いくつか決まった手続きがあるため、小学生だけで掲載まで至るのは難しい側面があります。こういう研究は、「どうせ大人が話題作りに小学生を利用して行っただけなんだろう」といううがった見方をしてしまう人もいるかと思います。しかし、考えてみれば、この論文に限らず、生態学の研究では、論文の元になる実験・観察データそのものは、実は小学生でも簡単にとることができるのではないでしょうか。加えて、変に偏見がない分、シンプルで一般性のあるアイデアを思いつく可能性もあります。


 私自身、大学の卒業研究で最初に行った研究は、小学生の頃の自由研究と何らか変わるものではありませんでした。ガの幼虫を飼育して、そこから羽化してくる寄生バチや寄生バエを記録し、専門の先生に送って種を同定してもらい、寄生率を集計しただけのデータでした。それでも、既出版の関連する論文を読んで、科学論文の手続きを踏んで論文を書き上げることができました(『Biology Letters』に掲載されるほどのレベルには到底及びませんでしたが・・・)。


 論文執筆の難しいところは、アイデアがどれだけユニークか、また得られたデータがこれまでの知見ととどう違うのか、そして相対的にどういう価値があるのかを客観的に記す必要があることです。しかし、シンプルな規則を覚えればあとは興味のある限り情熱をもって続けることが可能な、将棋や囲碁、プログラミングなどでは、大人に負けない実力を持つ小学生が現れています。そういう意味でも、高価な機器を必要としない分野では、子供でも重要な科学的発見がなしえるようにも思えます。


文献
Blackawton PS (2011) Blackawton bees. Biology Letters 7: 168-172.


 子供が疑問に思うことを丁寧に聞いていけば、ユニークな研究へのヒントが得られるかもしれませんね。

植物が粘毛によって虫を捕獲し捕食者を誘引する

 植物なのに昆虫などを捕らえてエサにする。本来、独立栄養生物なのに、動物のように捕食者にもなりうるという食虫植物は大変ユニークな存在です。ダーウィンもその生態に興味を持ち、モウセンゴケの葉がタンパク質などに対して反応することを実験的に示唆するなど、食虫植物の本まで書いています(Darwin 1875 Insectivorous Plants)。



世界の食虫植物(世界の食虫植物を見に行った気分になるお気に入りの写真集です)



モウセンゴケは、葉の長い毛の先端から粘液を出して、さまざまな昆虫を捕らえることができます。私自身、昆虫好きということもあって、そんなモウセンゴケを見るだけで今でも興奮してしまいます。そういう影響もあって、昆虫と植物の相互作用を研究テーマに決めた大学院生の頃、選んだ対象に選んだのはモチツツジという植物でした。


モチツツジの葉や茎、萼には長く粘る毛がたくさん生えていて、それに羽や脚を捕らえられた昆虫が多く死んでしまいます*1。そんな昆虫遺体を食べるカスミカメムシを研究し、最終的に論文としてまとめることができたのは良い想い出です。



モチツツジ上で死んでしまった昆虫たち(Sugiura & Yamazaki (2006) の図1より)



昆虫遺体を食べるモチツツジカスミカメ


 カスミカメムシ以外に興味深かった昆虫として印象的だったのは、サシガメの仲間です。サシガメ類は比較的大型で脚も長いため、粘毛に捕われることなくモチツツジ上を歩き、遺体を食べたり、生きたガの幼虫などを食べていました(厳密には体液を吸汁します)。このようにモチツツジはサシガメ類にとって良いエサ場だといえました。調査地ではサシガメ類はカスミカメに比べてそれほど密度が高いわけではなかったので、研究対象にはしませんでしたが、モチツツジの粘毛と捕食性昆虫との間には何か興味深い関係があることはうっすらと感じていました。粘毛が寄生蜂群集に与える影響(Sugiura 2011)について少し考えた以外は、他に具体的に検証できるような仮説は思いつきませんでした。



昆虫遺体を食べるシマサシガメ


 最近米国の研究グループが、粘毛をもつ植物上で、昆虫遺体を食べにきたサシガメ類などの捕食者が植食者を減らし、さらにその植物の繁殖成功にまで影響を与えうるという新たな仮説を提唱し、野外実験により検証することに成功しました。


 一年生草本であるキク科の一種(Madia elegans)は粘着性のトリコーム(以後粘毛と呼ぶ)をもつため、植物上にはしばしば節足動物の遺体が見られる。この植物の花芽は、スペシャリストの植食者ヤガ科の一種(Heliothodes diminutiva)の幼虫による食害を受ける。植物上の粘毛密度が高いほど、季節を通しての節足動物遺体が増える。遺体が多いほど、遺体を食べかつ生きた昆虫も食べるサシガメ科の一種(Pselliopus spinicollis)の産卵数が増加する。


 粘毛によって節足動物遺体が増加し、それらを食べる捕食者が誘引され、結果として植食者の密度が低下し、食害率および果実(種子)生産が増加するという仮説を検証した。



図. 粘毛による遺体増加がもたらすトップダウン効果


 カリフォルニア大学の自然保護区(Stebbins Cold Canyon Nature Reserve)において、82植物個体を選定し、そこからランダムに選んだ41個体に5個体ずつのショウジョウバエの遺体を追加し、その他41個体に対照区として死体を加えなかった。この実験の結果、遺体を追加した植物では、対照植物よりもサシガメの産卵が増え、クモの個体数も増え、結果、ヤガ幼虫による花芽の食害が減って、果実生産が増えた。


さらなる実験として、28植物個体のうちランダムに選んだ14個体(2個体は幼虫が行方不明になったため解析から除去)に生きたヤガ幼虫を1個体追加し、その他14個体に対照区としてヤガ幼虫を加えなかった。結果、幼虫を加えた植物個体では対照植物よりも花芽の食害が増え、果実生産が減少した。


 以上の結果より、粘毛による節足動物遺体の増加によって、遺体も食べる捕食者が増え、そのエサとなる植食者が減少し、さらに植物の繁殖成功度にも影響を与えていた。


Krimmel BA, Pearse IS (2013) Sticky plant traps insects to enhance indirect defense. Ecology Letters, online published.


 一般には、粘毛は植食者に対する植物による物理的な防衛の一種だと考えられてきました。維管束植物の約20〜30%の種には(多かれ少なかれ)粘毛があるそうですが、実際、物理的な防衛になっているという証拠はそれほど多く知りません。私が研究したモチツツジ上でも、確かにアブラムシやグンバイムシという吸汁タイプの植食者には粘毛が有効に働いていそうでしたが、ガの幼虫などには一方的に食べられているような印象がありました。そういう意味でも、粘毛にはさまざまな意義が考えられるだろうし、実際あると思います。今回は、粘毛の意義について新たな仮説が提唱され、奇麗に検証されたのには驚きました。


 機会があれば、粘毛植物や食虫植物と昆虫との相互作用について、再び研究してみたいなあと、思い出させるような論文でした。

*1:モチツツジも捕らえた昆虫から栄養源を得ていれば食虫植物と考えられます。しかし、遺体を溶かす消化酵素は発見されていませんし、窒素安定同位体比を調べた研究によって昆虫を主な栄養源とはしていないことが明らかにされています(Anderson et al. (2012

日本産陸上発光動物一覧

 ノーベル賞の対象ともなったオワンクラゲの発光物質の研究に見られるように、海産の発光動物はよく知られています(参考:wikipedia生物発光」)。陸上では、ホタルの仲間が多くの種類で知られ、日本でもゲンジボタルヘイケボタルというように夏の風物詩ともなっています。実は、陸上の動物でも、ホタルの他に発光動物が知られています。以前紹介したヒカリコメツキは日本には分布しませんが、キノコバエ、イボトビムシヤスデ、ジムカデ、ミミズといった多様な動物群で生物発光が見られることはあまり知られていないように思います。ということで、日本産陸上発光動物についての英文総説を読む機会があったので紹介しておきます。


 日本産の陸上発光動物として、昆虫類ではホタル51種、ツノキノコバエ2種、イボトビムシ1種、多足類ではヤスデ1種、ムカデ1種、ミミズでは2種、合計58種が生物発光する種として記録されている。



昆虫綱(INSECTA)
鞘翅目(Coleoptera)
ホタル科(Lampyridae)およびオオメボタル科(Rhagophthalmidae→Phengodidae)「日本産ホタル科の全リスト」を参照(ただし以下の1種はのぞく)


Pyropyga sp. 分布:本州(東京、埼玉、神奈川)、北米(?)


ホタル類以外は以下の通り


双翅目(Diptera)
ツノキノコバエ科(Keroplatidae)
ツノキノコバエ亜科(Keroplatinae)
52. ニッポンヒラタキノコバエ Keroplatus nipponicus (Okada, 1938)  分布:北海道、本州、八丈島
53. メスグロヒラタキノコバエ Keroplatus biformis (Okada, 1938)  分布:北海道、本州、極東ロシア


粘管目(Collembola)
イボトビムシ科(Neanuridae)
54. アカイボトビムシ属の一種 Lobella sp. 分布:本州(東京)


倍脚綱(DIPLOPODA)
フトマルヤスデ目(Spirobolida)
カグヤヤスデ科(Spirobolellidae)
55. タカクワカグヤヤスデ Paraspirobolus lucifugus (Gervais, 1836)  分布:熱帯(沖縄本島、台湾を含む)


唇脚綱(CHILOPODA)
ジムカデ目(Geophilomorpha)
オリジムカデ科(Oryidae)
56. ヒラタヒゲジムカデ Orphnaeus brevilabiatus (Newport, 1845) 分布:熱帯・亜熱帯(沖縄本島、台湾を含む)


貧毛綱(OLIGOCHAETA)
ナガミミズ目(Haplotaxida)
ムカシフトミミズ科(Acanthodrilidae)
57. ホタルミミズ Microscolex phosphoreus (Dugès, 1837) 分布:本州、四国、九州、欧州、北南米


フトミミズ科(Megascolecidae)
58. イソミミズ Pontodrilus litoralis (Grube, 1855)  分布:広域分布(本州、九州を含む)


文献
Oba Y et al. (2011) The terrestrial bioluminescent animals of Japan. Zoological Science 28:771-789.


 日本産陸上発光動物のリストと和名、シノニムリスト(かつて使用されてきた学名などを整理)、DNAバーコーディングデータに加え、各種が写真入りで解説されているのが良い感じです。発光動物に関わる歴史や背景、生態など多方面な解説もあって、なかなか興味深い総説論文です。ただし英文で書かれているので、日本の一般の人向けとはいえないかもしれません。いずれ日本語でも詳細な解説が出ることを期待しています(すでに出ているかもしれませんが)。

研究留学

 異国の地で一定期間留まって研究に従事することをここでは研究留学と呼ぶとします。研究者を志すなら、一度はこの研究留学を体験しておきたいものです。しかし、研究留学がどういうものか、大学生や大学院生の頃から事前に知っておくのは大切なことだと思います。将来研究留学する気がなくても、いつ気が変わるかわかりません。私自身、大学生・大学院生の頃は、研究留学することへの憧れはあっても、実際に留学することになるとは夢にも思っていませんでした。しかし、就職してから、新しく関わらざるを得なくなったテーマについて改めて勉強するために・・・、いや本音を漏らせば、とにかく現状から逃げ出したいという消極的な思いから研究留学に至ったのが実情でした。しかし実際に研究留学を経験してみて、もっとはやくから、いろいろなことを知っておくべきでしたし考えておくべきでした。そんな消極的な理由ではなくとも、強く研究留学をしたいという人の方が多いかもしれません。しかし、そういう人でも研究留学とはどういうものか、具体例をなるべく多く聞いて有益な情報が増えるのに悪いことはありません。


 ということで前置きが長くなりましたが、研究留学について経験者に直接伺ってみようという講演会を企画をしてみました。日本生態学会の関東地区会主催のシンポジウムという枠組みを使わせていただいたので、分野は生態学ですが、その他の学問分野にも関連することも多いと思います。3人の研究者に話をしていただきます。お二方は日本から海外へ、もうお一方は海外から日本への研究留学ということで、少し違った角度から話を伺いたいと思います。


日本生態学会や関東地区会の会員でなくても無料で参加できるようですので、興味のある若い学生の方におすすめです。すべて野外調査(フィールドワーク)を軸に研究されている方なので、海外ならではの自然や生き物についての話を伺うのも楽しみです。


詳しくは↓のページを御覧ください
日本生態学会関東地区会2013年公開シンポジウム
生態学者の研究留学


稀な種とは何か

 私が昆虫少年だった頃、昆虫図鑑に「稀(まれ)な種」という記述をみるだけで、その種に憧れをもち、いつかは採集してみたいと感じました。逆に「普通種」という記述は、どんなに格好が良くてもその種を色あせたものにしてしまいました。


しかし、生態学を学ぶようになってくると、普通種の魅力、重要性にも気づくようになってきました。普通種は生態系の中で重要な役割を果たしていたり、また経済的な問題を引き起こすことも多く(農林業害虫など)、生態学の基礎・応用の両方から重要な種といえます。何より、生態学的に意味のあるデータをとるためにはある程度個体数が多い種を選ばないと論文も書きにくいという実利的な面もあります。一方、稀な種が学問的には重要ではないわけではなく、少なくとも希少種の保全という観点から(つまり保全生物学的には)同じく重要だと考えられます。そして、かつて昆虫少年だった身としては稀とされる種を見つけるだけで今でも心躍ります。


しかし、そもそも普通種(common species)と稀な種(rare species)を分ける定義は何でしょう? アオサギのようにどこにでもいる種類と、トキのように限られた場所に少数だけが生息している種類がある場合は明らかでしょう。つまり、相対的に個体数が少ないものを「稀な種」と一般的には考えています。しかし、大型の哺乳類や鳥とは異なり、小型の昆虫類の場合は、その定義がなかなか難しいことが多いのです。


 具体的な例をあげてみましょう。私が大学院の頃、とある京都の二次林において、モチツツジとコバノミツバツツジという2種類の植物上で、植物体を摂食する完全変態昆虫の幼虫類を3年間毎週のように採集し続けました。結果、モチツツジでは3976個体61種、コバノミツバツツジでは1370個体49種が採集できました。それぞれの植物種上で、横軸に個体数が最も多い種から順番に並べ、縦軸に各種の個体数をプロットします(種ランク−個体数関係:rank abundance curve*1



植食性昆虫の種ランク−個体数関係


 このグラフをみると、一部の種類が群集全体の個体数の多くを占め、多くの種がわずかな個体数を占めているだけであることがわかります。モチツツジとコバノミツバツツジでは厳密には異なりますが、大きくは同じパターンを示しています。この対象をいろいろな生息域、生物群集、つまり、干潟の鳥群集や、溜池の底生動物群集、温帯林の樹木群集にあてはめても一貫して見られるパターンです(ただし、一般的には同じ栄養段階に属している群集が対象)。


このようにある一定時期、一定の場所で一定の方法で行われた調査によって得られたサンプルから、相対個体数を求め、各種の「稀さ」を推定できるのですが、問題も多くあります。例えば、本来はコナラなどの高木層の葉を主に食べる個体数の多い種類が、樹上からたまたま低木層にあるモチツツジ上に落ちている場合があります。いろいろな樹木の葉を食べるが、コナラが好きで極稀にしかツツジの葉を食べない種類の場合、その場所では、明らかに普通種でも、ツツジ上で調べる限りは「稀な種」になってしまいます。つまり「ツツジ上でのサンプリング」という手法によって「普通種」が「稀な種」になってしまった例といえるでしょう。


別の例として、平地でクヌギの樹液に集まる昆虫の群集を考えてみましょう。カナブンやカブトムシ、ノコギリクワガタコクワガタは比較的多く見られますが、マイマイカブリアオカナブンの個体数は少ないものです。ではこれらの種は「稀な種」なのでしょうか? 厳密には違います。マイマイカブリは地表を徘徊してカタツムリを食べていますが、稀に樹液を舐めにやってくるだけです。アオカナブンは平地よりも山地に生息しているため平地の樹液には集まりにくいだけです。逆に、地面に穴を掘ってカップを設置するピットフォールトラップという落とし罠による調査では、マイマイカブリなどのオサムシが多く採集されるけれど、クワガワタムシ類はわずかにしか採集されないでしょう。


このように、本来の生息場所や時期が異なる種や、異なる採集法によって見かけ上の「稀な種」が生まれます。そこそこ個体数が生息しているが、人間による限られた採集方法では探知できておらず、そういう種類は「稀な種」と認識されている可能性があるというわけです。


 では、熱帯林などで問題となっている稀な種についてはどうでしょうか。熱帯林などにおいて、いくらサンプリング(採集)を繰り返してもいつまでも種数が飽和しない現象は節足動物類でよく知られています。特に、徹底的な調査にも関わらず1個体しか得られない種は「単一個体種」(シングルトン:singleton)と呼ばれており、この単一個体種の多さが熱帯における高い種多様性を特徴づけていると言われてきました(単一個体種が多いと「種ランク−個体数関係」のグラフの右側のテールが長くなる)。しかし、本当にそのような極端に少ない個体数が存在するのでしょうか? この単一個体種の多さは熱帯生態学においての重要な謎とされてきました。


 熱帯における節足動物類の群集研究のうち、採集総個体数、総種数、「単一個体種」の種数が記録されている71の研究を調査した。結果、「単一個体種」は総種数のうち平均31.6%を占めていた。


 この「単一個体種」の高い割合をもたらす要因を明らかにするために、ガイアナの熱帯低地林1ha (100m×100m)から10日間にわたる徹底的な調査によって、クモの成体5965個体352種を採集した。結果、「単一個体種」は101種で全体の割合29%を占めた。


 クモ類で「単一個体種」の高い割合をもたらす要因として、以下の5つの要因を調査した。


検討した仮説
1)「単一個体種」は小型種が多く見つかりづらい
2)「単一個体種」は雌よりも移動しやすい雄が多い
3)「単一個体種」の各個体は0.25haから1haよりも広いスケールで分布している
4)「単一個体種」は探知しづらい隠蔽個体が多い
5)「単一個体種」は単なるサンプリング不足


結果
1)「単一個体種」はむしろ相対的に大型な種であった
2)「単一個体種」には性比の偏りがなかった
3)入れ子状に配置された0.25haのサブプロットごとの「単一個体種」数に違いはなかった
4)分類群(科)間で「単一個体種」の相対頻度に違いがなかった
5)観測種数(352種)は、推定種数(Chao1:443種;対数正規分布:694種)より大幅に低く、サンプリング不足が示唆された。


 個体数と種数の関係(相対種個体数:relative species abundance)は、対数正規分布*2への当てはまりがよく、100万〜200万個体、約700種の群集からのランダムサンプリングによるシュミレーションでは、真の「単一個体種」はわずか4%と示唆された。


 また71の既存研究について、サンプリングを行う頻度が高いほど、「単一個体種」の割合は減少していた。



サンプリング強度と「単一個体種」の割合の関係


 以上の結果、クモ類での「単一個体種」の高い割合は、サンプリング不足による可能性が高い。


文献
Coddington JA (2009) Undersampling bias: the null hypothesis for singleton species in tropical arthropod surveys. Journal of Animal Ecology 78:573-584.


 「単一個体種」の高い割合がサンプリング不足にすぎなかったという結論でした。とはいえ、その生じる要因を詳細に調べた優れた群集生態学の研究だと感じました。そもそも、「単一個体種」の割合が高いのは熱帯林だけに限りません。先の私が調べたツツジの研究でも、モチツツジで34.7%(17種)、コバノミツバツツジで31.1%(19種)もの「単一個体種」が含まれていました。つまり、温帯熱帯に関わらず比較的種数の多い群集から現実的なサンプリングを行う場合、多くの見かけ上の「単一個体種」を検出してしまうのだと思います。


 そもそも「群集」は研究者、調査者が多かれ少なかれ恣意的に切り取った断片(snapshot)にすぎないわけで、現れる群集パターンというのはその「切り取り方のパターン」を反映しているだけかもしれません。群集研究者は、1980年ごろよりこの可能性を除去するために、ランダムに形成したモデル群集(帰無モデル)を創出し現実の群集と比較して何とか「自然の」パターンを抽出しようと努力してきました(参考:チェッカー盤分布をめぐる論争)。


それでも適切な帰無モデルを作ることができているのか不安はあります。種の分布をランダムに配置しても説明可能という群集が多く存在し、そもそもランダムな群集は論文として発表されにくいので過小評価されやすいかもしれません。


 群集生態学は、この「サンプリング問題」と常に向き合っていかないといけないわけです。

*1:縦軸は相対個体数をとることが多いですが、ここでは1個体のみの種を示すために単なる個体数の対数をとっています。

*2:相対種個体数(relative species abundance)が対数正規分布への当てはまりが良いことは古くから知られていましたが、Hubbell(2001)はゼロサム多項分布への当てはまりがより良いことを指摘しました。そもそもHubbellの想定した群集は、熱帯林のように林冠が閉じ個体数が飽和したようなものを想定しているのに対し、クモなどの節足動物群集では個体数が飽和しているイメージがなくこの前提には当てはまらないので対数正規分布が妥当な気がします。このあたりの研究の歴史はかなり重要なので、いつかは解説したいところですが、Hubbellの本が翻訳されているので、これを読むのが一番手っ取り早いと思います→「群集生態学―生物多様性学と生物地理学の統一中立理論」(S.P. Hubbell)

他種との相互作用なしに生息する種は存在する

 先日の特集記事で種間相互作用の普遍性を紹介する時に、「他種との相互作用なしに生息する種は存在しない」と書いたのですが、例外があることを今さらながら知りました。


One-Organism Ecosystem Discovered in African Gold Mine
「たった1種の細菌からなる生態系」、地下約3.2kmの水中で発見


原典は2008年のサイエンスの論文です。


論文
Chivian et al. (2008) Environmental genomics reveals a single-species ecosystem deep within earth. Science 322:275-278.


 まさに地球はまだまだ奥が深いと感じました。

「種間相互作用の島嶼生物地理」の特集記事

 かの大震災から1年と9ヶ月。地震が起こったのは、札幌開催の生態学会において自身が企画していた「種間相互作用の島嶼生物地理」での講演の最中でした(参考:「種間相互作用の島嶼生物地理」を企画)。その企画集会の内容をもとに、学会の和文誌に特集記事として、講演者4人によって執筆したものが出版されました。



 このように特集記事をまとめるのははじめでしたので、参考までに簡単にその流れを書き留めておきます(もちろん、学会によって異なると思います)。まず、私自身が学会における集会を企画し、講演をして欲しい人に打診し承諾を頂いた時点で企画案を大会の担当者に申請しました。無事企画が受理され、その後和文誌編集長の方から、企画内容を特集記事としてまとめてみる可能性があるかどうかを打診されました。講演者の方々にその旨を伝え、特集記事としてまとめる承諾を得て、改めて特集記事の企画を編集部の方に申請し受理されました。そして企画集会が開催され、その後締め切りを決めて原稿を集め、相互にチェックし合った後、まとめて投稿しました。それからは通常の論文投稿の流れ(担当編集者、2名の査読者によるコメント、改訂)を経て受理されました。なかなか予定通りにはいかず、和文誌は年に3号の発行ですが、当初の計画よりは半年くらいは遅れました。しかし、こうして無事掲載されてホッとした次第です。


日本生態学会誌 62巻3号:313-350頁(下記のアドレスから無料でPDFをダウンロードできます)
http://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AN00193852/ISS0000485113_ja.html


特集:種間相互作用の島嶼生物地理


1)種間相互作用の島嶼生物地理
2)絶対送粉共生はいかに海を渡ったか―コミカンソウ科−ハナホソガ属共生系の島嶼生物地理
3)オカダトカゲの色彩パタンの進化―捕食者に対応した地理的変異―
4)展望:島嶼生物地理学で拡散共進化を紐解く
5)種数−面積関係の展開:種間相互作用ネットワークと生息地面積との関係


 個人的にはこのブログでも度々解説してきた種数−面積関係(下記参考)について、「種数−面積関係の展開:種間相互作用ネットワークと生息地面積との関係」としてまとめる機会がもてたのはよかったです。このブログは自分勝手に柔らかめに書いていますが、学会誌では論文を読んで審査してくれる方(査読者)がいるため、比較的堅めに書かれているかと思います。より専門的な観点から興味のある方には役立つかもしれません*1


 生態学関連の研究者にとっては英語論文のみが重要視されていますが、少し異なる分野の勉強には日本語の方がわかりやすいものです。自身の研究をわかりやすい形でまとめておくことは、一般の人たちに限らず少し異なる分野の同業者にとっても有用だと信じますし、和文誌の存在意義もそこにあるように思っています。


種数−面積関係についてこれまでとりあげてたきた内容
島面積と種数の関係:メカニズムのまとめ
島が大きくなるほど種分化がおこりやすい
種分化に必要な最小の島面積は?
島の生物地理学の理論、再び
島が大きくなると食物連鎖長がのびる
島面積と種間相互作用の関係

*1:本誌は生態学会に所属している会員に送られるものですが、大学図書館等にも置いてあると思います。また、数ヶ月経つとCiNiiにて無料でダウンロードできるようになります。もちろん、希望者にはPDFを個人的に送付することも可能です

個体数の定義

 昆虫などの動物の個体数は、しばしば「abundance」として表記されます。


 生態学者は、abundance を以下の4つの方法で捉えている。


1. Global abundance:ある種の地球上の総個体数。
2. Local abundance:ある種の特定時期、区画、地域の個体数。
3. Relative abundance:群集における全種数の中に占めるある種の個体数の割合。
4. Sample abundance:記録または採集された個体数。


 生態学者は通常 sample abundance に、そして群集間の比較をする時にはしばしば relative abundance に注目している。local abundance は、直接測定することは困難なため、sample abundance から推定されることが多い。ただし、希少種の保全では local abundanceばかりでなく、global abundance が重要視されている。


文献
Magurrn AE, Henderson PA (2011) Commonness and rarity. In: Magurran AE, McGill BJ (eds.) Biological Diversity: Frontiers in Measurement and Assessment. Oxford University Press, pp.97-104.



Biological Diversity: Frontiers in Measurement and Assessment

種数の定義

 「種の豊かさ」とも訳される「species richness」は「生物種の数(種数)」のことを意味します。


 群集生態学を勉強し始めた大学4年生の頃、論文の中で頻繁に出てくる「species richness」が最初何を示しているのかわかりませんでした。種数のことを言っているらしいことはわかってきたのですが、「species number」とか「number of species」など別の言い方もあるのに何故わかりやすい用語で統一して使わないのだろうと思ったものです。論文によってはspecies richnessについては何の説明もなくただ使用されています。今のように、すぐに答えを用意してくれるGoogleさんもWikipediaさんもなかった頃でした。周囲の人に聞いてもイマイチはっきりした答えがなく、多様性指数の一つなんじゃないかというくらいの返答でした(群集生態学を真剣に研究・勉強している人がいなかっただけかもしれませんが)。


 「species richness」という単語をタイトルや要旨に含む論文は毎年のように増え続け、今では年間(2011年)3309本に達します(図1;Web of Science調べ)。



図1. 年ごとの「species richness」を含む論文数の推移


 逆に英語で論文を書く場合、種数を表現するのに species richness を使えば良いかえといえばそうとは限りません。以前、論文を投稿した時に、トラップあたりの種数に species richness を使ったところ、厳密には「species density」(種密度)にあたると査読者に指摘され、Gotelli & Colwell(2001)の総説を読むように指導されました。彼らの総説や Magurran(1998)の教科書には、「species richness」と「species density」が厳密には同じではないことが解説されています。


species density は、単位面積やトラップあたりの種数を表します。つまり、私達が野外で実際に群集データをとってサンプル間で種数を比較する場合など多くは、species density を使っているといえます。


species density を比較する時に、サンプリング計画をしっかり考えておかないと、とんでもない間違いを犯してしまうことがあります。例えば、仮想的な2つの群集を考えます。この2つの群集は種数、個体数、各種分布などは全く同じとします。この2つを比較する時、群集Aでは20個の方形区(1方形区が10平方センチで、合計200平方センチ)から合計31種を記録したのに対し、もう片方の群集Bでは10個の方形区(合計100平方センチ)から合計27種を記録したとします。この調査では、群集Aの種数が多いのですが、群集Bでは調査サンプル数が少なかったため種数が少ない可能性が高いとも考えられます。そこで、100平方センチメートルあたりの種数を考えると、群集Aが15.5種となって、群集Bの方が種数が多いことになってしまいます。本当は全く同じ種数をもつ群集であるにもかかわらず。




図2. 累積曲線とrarefaction curve(100平方cmと200平方cmにおける累積種数)


一般に、方形区を追加するに従い累積種数を記録していくとすると、1つの方形区よりも2つ、3つと調べていくに従い累積種数は増加します(図2)。しかし、その種数の増加は、直線的ではありません。最初は累積種数の増加勾配は急ですが、徐々にその増加勾配は減少し、最終的には飽和します。つまり、先の例では、もし2つの群集が全く同じものであっても、異なる種数が得られてしまうというわけです。サンプル数に対する累積曲線は、近年のコンピューターの発達とソフトの開発によって、「rarefaction curve」として容易に描かれるようになってきました(EcoSimEstimateSVegan for R, Rarefaction Calculator)。


このように、異なる群集を比較する時に、サンプル数に対してどのような累積曲線(またはrarefaction curve)をとるのかを知っておかないと、とんでもない間違いを犯してしまうことになります。


ところで、rarefaction curve には2種類あることが知られています。トラップや方形区というサンプル数をとる時を「sample-based rarefaction」、サンプル数をサンプル個体数と捉えた曲線を「individual-based rarefaction」と呼びます(図3)。この両者は似ているようでいて、若干異なります(図3)。前者は、個々の種の空間分布に強く影響されることが多いこと、後者は野外において個体のランダムサンプリングがそもそも難しいのが欠点でしょうか。アリのようにコロニー単位で分布する生物では、前者の方を使ったほうが良いでしょう。



図3. Rarefaction curve の種類


 しかし、野外で調査していると、どうしても片方の群集ではサンプル数が十分にとれないということは日常茶飯事です。また、熱帯雨林などでは、種数が多すぎて、いくらサンプル数をとっても累積種数はなかなか飽和しません。例えば、コスタリカのラ・セルバの森林では、30年にわたる継続調査にもかかわらず未だアリの種数は飽和しないそうです。


もちろん、種数を推定するというプログラムも開発されていて、それらを使って観察種数から推定された種数を用いて群集間の比較が多くなされています。最もシンプルな推定法として、例えば、観察された種数と1個体しかサンプルされたかった種数(number of singleton species)、2個体しかサンプルされなかった種数(number of doubleton species)を使って推定する方法(Chao 1)があります(参考:The Chao Estimator)。他にも、一長一短がありますが、たくさんの方法が開発されています((EcoSimEstimateSVegan for R, Rarefaction Calculator))。


 ところで、「species richness」という単語は、いつ頃から使われ始めたのでしょうか。群集生態学の草分け的存在のWilliamsPrestonMacArthurの時代から、種数自体はよく検討されてきたのですが、彼らの論文の中ではspecies richnessという単語が使われたという様子はありません。species diversityというような広意味での単語も種数と捉えられていた節さえあります。その後、さまざまな多様性指数を提案・開発されるにつれ、species diversity の中でそれぞれの指数を定義する単語が生み出されてきたようです(参考:有機農法が害虫の天敵の多様性を高め収穫量を増やす)。Web of Scienceで調べる限りでは、1972年に Kricher が Ecology 誌上で発表した論文で初めてタイトルにspecies richness という単語を使っています。この論文では、本文でも括弧付きで species richness を表記して定義しているので、当時は馴染みのなかった単語であるのは確かでしょう。その後、1990年代から2000年代にかけて多様性科学のブームとともに頻繁に使われるようになった模様です。


逆に、「species density」という言葉の方がより古くから使われているようで、1964年の論文のタイトルに見られました。species density は一定面積あたりの種数として用いられることも多く、種数ー面積関係と深く関連しています。生物地理学やマクロ生態学の分野においても species density が新たな展開をもたらしてくるかもしれません。


文献


Kricher JC (1972) Bird species diversity: the effect of species richness and equitability on the diversity index. Ecology 53:278-282.


Gotelli NJ, Colwell RK (2001) Quantifying biodiversity: procedures and pitfalls in the measurement and comparison of species richness. Ecology Letters 4:379-391.


Gotelli NJ, Colwell RK (2011) Estimating species richness. pp. 39-54 in: Biological Diversity: Frontiers In Measurement And Assessment. A.E. Magurran and B.J. McGill (eds.). Oxford University Press, Oxford. (PDF: 321KB)


Magurran AE (1988) Ecological Diversity and Its Measurement. Princeton University Press. (PDF:2.7MB)


Simpson GG (1964) Species density of North America recent mammals. Systematic Zoology 13: 57-73. (PDF: 2.4MB)


 この20年、種多様性にまつわる研究は非常に多くなされてきたため、種数や推定種数についての研究も山のようにあります。教科書もいくつかあって、どれを読んだら良いのかもわからないくらいです・・・。とりあえず、Godfray & Colwell、Magurranといった著名な人が執筆しているオムニバスの本を買ったので、少しずつ勉強しておきたいところです。



Biological Diversity: Frontiers in Measurement and Assessment