島の外来ネズミ類:侵入の歴史、生物相に与える影響、駆除

 通常、野生のネズミは、大型捕食者の餌となったり、樹木の種子散布に貢献していたり、生態系の維持にさまざまな役割を果たしていることはよく知られています。しかし、もともとネズミがいなかったような環境下では、生態系のバランスを著しく壊してしまいます。


 特に、島嶼生態系では、外来ネズミ類は、在来植物の種子を食害する、在来鳥類(特に卵、雛、しばしば営巣中の親)を攻撃・捕食する、小型動物(節足動物、貝類など)を捕食するなど、生物相に強い影響を与えます。


 島嶼部で主に問題となる外来ネズミ類は以下の種類です。


クマネズミ(Rattus rattus
ドブネズミ(Rattus norvegicus
ナンヨウネズミ(Rattus exulans
ハツカネズミ(Mus musculus


 島嶼部での外来ネズミ類について、侵入生物学の専門誌「Biological Invasions」にて特集号が組まれ18本におよぶ論文が掲載されています。私も日本では、島嶼生態系でのクマネズミの根絶とその生態系の回復に関する研究プロジェクトに参加していました。勉強がてら、簡単な要約とともにリストアップしておきます。


各日本語タイトルは内容などに基づいたので、原著タイトルとは異なります。また要約はかなり内容を絞ったり省いたところが多いので、興味ある人はリンクをたどって詳しく読んでください。


Biological Invasions, Volume 11, Number 7 / 2009年8月
Special Issue: Invasive rodents on islands: integrating historical and contemporary ecology/Guest Edited by Drake DR and Hunt TL



1) 特集について
Drake DR, Hunt TL (2009) Invasive rodents on islands: integrating historical and contemporary ecology. Biological Invasions 11:1483-1487

 外来ネズミ類についての一般的な解説とともに特集号の記事について短く紹介を行っている。この特集号は、島嶼部での外来ネズミ類による影響を明らかにするために、2007年にハワイ大学にて開催された国際会議(140人の研究者が参加)に参加した研究者によって執筆された。


2)ナンヨウネズミがハワイの生態系に侵入してきた時期
Athens JS (2009) Rattus exulans and the catastrophic disappearance of Hawai’i’s native lowland forest. Biological Invasions 11:1489-1501

 ナンヨウネズミは、ポリネシアの人々とともにハワイ諸島にやってきたことが知られている。しかし、古生物学的、考古学的な調査によって、ポリネシア人たちが定住する以前からナンヨウネズミはオアフ島の低地林に侵入し広がり、在来植生に影響を与えていた可能性がある。(定住前にもヒトは島にやってきているので、そのときに侵入し定着していた)


3)太平洋の島々に持ち込まれた外来ネズミ類やその他動物について
Anderson A (2009) The rat and the octopus: initial human colonization and the prehistoric introduction of domestic animals to Remote Oceania. Biological Invasions 11:1503-1519

 太平洋の孤島に、人が入植したのは、考古学的な証拠から紀元前2000年から3500年のこと。この期間に持ち込まれたネズミ類(おもにナンヨウネズミ)とその他の動物(ブタ、イヌ、ニワトリ)についてのその歴史的経緯と生理生態的特徴、侵略性などを比較して論じてる。


4)ナンヨウネズミのDNAを調べてヒトの移動履歴を探る
Matisoo-Smith E, Robins J (2009) Mitochondrial DNA evidence for the spread of Pacific rats through Oceania. Biological Invasions 11:1521-1527

 様々な島に持ち込まれたナンヨウネズミのミトコンドリアDNAを解析することで、過去のヒトの移動経路を探る試みがある。加えて、考古学的サンプルからancient DNAを解析することで、移動経路やその時期をより詳細に推定することが可能になる。


5)古生態学的に侵入初期の影響を調べる
Prebble M, Wilmshurst JM (2009) Detecting the initial impact of humans and introduced species on island environments in Remote Oceania using palaeoecology. Biological Invasions 11:1529-1556

 孤島でのヒトや外来動物が入植した初期の影響を明らかにするために、古生態学(Paleoecology)は役立つ。例えば、オーストラリアの島々や、ニュージーランドにおいて、堆積物に含まれる農作物の花粉、ナンヨウネズミによって種子に残された囓り痕といった古生態学的な証拠が有用であった。


6)島に侵入したドブネズミの集団遺伝構造
Russell JC, et al. (2009) Early colonisation population structure of a Norway rat island invasion. Biological Invasions 11:1557-1567

 島に侵入した外来ネズミ類の遺伝構造を明らかにするために、ニュージーランドにあるMoturemu島(わずか5ha)に侵入したドブネズミ集団の遺伝型が調べられた。結果、明らかなボトルネックの兆候が検出され、少数の侵入個体が交配し、その後近親交配(Inbreeding)を繰り返し個体数を増加させた可能性がある。この特性が外来種として世界中で成功をおさめた要因かもしれない。


7)フレンチポリネシアにおける外来ネズミ類が絶滅危惧植物に与える影響
Meyer JY, Butaud JF (2009) The impacts of rats on the endangered native flora of French Polynesia (Pacific Islands): drivers of plant extinction or coup de grâce species? Biological Invasions 11:1569-1585

 島嶼部での外来ネズミ類による植物相への影響が、フレンチポリネシアの島々で調査された。9科15種の絶滅危惧の植物が、ネズミ類による食害を受けていた。種子食害を受けていた12種は大型核果をつけていた。例えば、タヒチでのビャクダンの一種では、果実の99%が熟す前にネズミ類に食害を受けていた。フレンチポリネシアの絶滅危惧植物の大半がネズミによる食害を受けていることから、ネズミ類は、他の要因で個体数を減らした植物を最終的に絶滅に追いやる可能性があるかもしれない。


8) ニュージーランドでナンヨウネズミが昆虫類に及ぼした影響
Gibbs GW (2009) The end of an 80-million year experiment: a review of evidence describing the impact of introduced rodents on New Zealand’s ‘mammal-free’ invertebrate fauna. Biological Invasions 11:1587-1593

 ニュージーランドにはもともと陸生の哺乳類が分布していなかった(コウモリは除く)。13世紀にポリネシア人が入植し、同時に持ち込まれたナンヨウネズミの侵入によってその生物相は大きく変わったと考えられている。ナンヨウネズミが無脊椎動物の個体数、体サイズ、ネズミ類に対する反応行動に与える影響を明らかにするために、過去に猛禽類(固有フクロウとハヤブサ)の巣に残された甲虫類の化石(遺体)が調べられた。その結果、40種以上の甲虫類が記録され、そのうち大型で飛べない甲虫類3種は、現在では見られないものだった。これまでネズミ類によって昆虫類が絶滅した明確な証拠はほとんど知られていないが、ナンヨウネズミが侵入した初期には、鳥類や他の動物と同様、絶滅した昆虫類も多かったのかもしれない。


9)外来ネズミ類がハワイマイマイを減少させる
Hadfield MG, Saufler JE (2009) The demographics of destruction: isolated populations of arboreal snails and sustained predation by rats on the island of Moloka’i 1982–2006. Biological Invasions 11:1595-1609

 ハワイ諸島に固有のハワイマイマイ類の減少要因の一つとして、外来ネズミ類による捕食が知られている。ハワイマイマイの一種(Partulina redfieldi)の個体群が10年以上にわたって調べられた。ネズミ類による捕食が確認された後、ネズミ類の駆除を行っているにも関わらず、その捕食は続き、ハワイマイマイの個体数は減少し続けた。これは駆除後にもネズミ個体の(他地域からの)流入が続いている可能性がある。


10)外来ネズミ類が島の小型哺乳類を絶滅させる
Harris DB (2009) Review of negative effects of introduced rodents on small mammals on islands. Biological Invasions 11:1611-1630

 この500年、哺乳類の絶滅種数は88種で、そのうち57(65%)は島嶼部の小型種である。島嶼部において、クマネズミ、ドブネズミ、ナンヨウネズミ、ハツカネズミが小型哺乳類に与える影響を調査した結果、少なくとも11種の小型哺乳類の絶滅に関与している可能性があった。特にその多くがクマネズミによる可能性があった。


11) 地中海での外来ネズミ類と海鳥の長期にわたる共存
Ruffino L, et al. (2009) Invasive rats and seabirds after 2,000 years of an unwanted coexistence on Mediterranean islands. Biological Invasions 11:1631-1651

 海洋島に生息する海鳥がネズミ類によって絶滅した事例が多いのに対し、地中海の島々では2000年にわたってクマネズミと海鳥が共存してきた。地中海西部のおよそ300もの島々のデータを解析したところ、ネズミがいない島はほとんどなく、ネズミの存在が影響を与えるのは、最も小型の海鳥であるウミツバメの個体数だけで、他の3種の海鳥(オニミズナギドリ、チチュウカイミズナギドリ、ヨーロッパミズナギドリ)には大きな影響は与えていなかった。これらは、島内でクマネズミの影響をうけない避難所があって、これを探ることは島嶼部での海鳥保全への手がかりとなるかもしれない。


12)バレアレス諸島カナリア諸島における外来ネズミ類が生物相に及ぼす影響
Travest A, et al. (2009) A review on the effects of alien rodents in the Balearic (Western Mediterranean Sea) and Canary Islands (Eastern Atlantic Ocean). Biological Invasions 11:1653-1670

 スペインのバレアレス諸島カナリア諸島の多様性に与えるネズミ類の影響についてまとめられた。両諸島には、クマネズミ、ドブネズミ、ハツカネズミが持ち込まれており、その他バレアレスには4種、カナリアには1種の齧歯類外来種として知られている。両諸島では、ネズミ類が繁殖海鳥に強い影響を与えており、陸生鳥類でもカナリア諸島固有の2種のハトなどを捕食することが知られている。さらに、ネズミ類は多くの在来植物の繁殖器官(特に種子)を食害し、特に、在来植物の種子散布共生系を攪乱している。


13)外来ネズミ類が生態系に及ぼす間接的な影響
Mulder CPH, et al. (2009) Direct and indirect effects of rats: does rat eradication restore ecosystem functioning of New Zealand seabird islands? Biological Invasions 11:1671-1688

 ネズミ類による生態系による影響は食害などを通じた直接的なものだけでなく、間接的なものもある。ニュージーランドで、ネズミ類の侵入歴のある島と、ない島、そして駆除が行われている島で、海鳥の巣数、植物相などを調査した。ネズミ侵入履歴(海鳥の巣の密度)の異なる島間で、稚樹の構成は異なっていた。ネズミが侵入していない島では侵入している島より海鳥の巣が多かったため、ネズミの駆除にともなって海鳥の繁殖を復活させないと本来の植生とはより異なったものになるかもしれない。一方で、たとえ海鳥の繁殖が復活しても元の植生に完全に戻ることはない。


14)外来ネズミ駆除にともない生じる予期せぬ外来種問題に注意
Caut S, et al. (2009) Avoiding surprise effects on Surprise Island: alien species control in a multitrophic level perspective. Biological Invasions 11:1689-1703

 外来種の駆除は、それに伴って他の外来種の問題を引き起こす可能性がある(参考)。この対策として、対象となる外来種が生態系全体の中で他の生物とどのような相互関係にあるかを明らかにしてから駆除を行う必要がある。そのような駆除プログラムの重要性を、ニューカレドニアの環礁でクマネズミを駆除した事例をもとに指摘している。


15)グレートバリア島での外来ネズミ類による影響と駆除
Ogden J, Gilbert J (2009) Prospects for the eradication of rats from a large inhabited island: community based ecosystem studies on Great Barrier Island, New Zealand. Biological Invasions 11:1705-1717

 ニュージーランドのグレートバリア島におけるネズミ類駆除についての研究紹介。ネズミ類の季節消長、島内での密度勾配、駆除手法(トラップ、殺鼠剤)の効果、駆除後の植生や大型無脊椎動物、トカゲ類の回復などを明らかにしている。


16)外来ネズミ駆除によって回復する生物相からこれまでの影響が明らかになる
Towns DR (2009) Eradications as reverse invasions: lessons from Pacific rat (Rattus exulans) removals on New Zealand islands. Biological Invasions 11:1719-1733

 ニュージーランド北島の周囲の島々で、ナンヨウネズミを駆除後に回復した海岸植物、無脊椎動物、トカゲ類、海鳥類を調査することで、ネズミ類が与えてきた影響について明らかにしている。ネズミの侵入を受けていない島での調査結果も加えた結果、無脊椎動物15種、カエル2種、ムカシトカゲ1種、トカゲ11種、海鳥9種がナンヨウネズミによる影響を受けていたと考えられた。


17)ネズミ類以外に重要な外来齧歯類
Simberloff D (2009) Rats are not the only introduced rodents producing ecosystem impacts on islands. Biological Invasions 11:1735-1742

 ネズミ類だけが島嶼生態系に影響を与える外来の齧歯類ではない。ヌートリア、ビーバー、ハイイロリス、マスクラット、アメリカリス、バーバリージリスなどが島嶼生態系に重要な影響を与えてきた。


18)ハツカネズミも強い影響を与える
Angel A, et al. (2009) Review of impacts of the introduced house mouse on islands in the Southern Ocean: are mice equivalent to rats? Biological Invasions 11:1743-1754.

 ハツカネズミは、他のクマネズミ類と比べて小型でそれほど影響がないと考えられやすい。しかし、ハツカネズミのみが侵入している島々では、海鳥の卵や雛を襲って食べる例が報告されており、生物相に強い影響を与えている。