臨床と保全:類比?

 医学の基礎研究で得た知識や技術を応用するのを臨床(医療)とするなら、生態学を応用する場の一つとしての(広い意味で)保全というのがあるでしょう(*1)。生態学を志す研究者にとって、研究のoriginality(独創性)を模索するのは当然です。しかし、保全を行うにあたって、もちろん独創性が発揮される場合もありますが、必ずしも必要ありません。良い方法があればどんどん真似していけば良いのです。その目的が、生物の種や生態系の保全にあるからです。患者を治すのにoriginalityのある治療法をとるよりも安全性の高い方法を選ぶのと似ています。originalityのある研究を、誰もやっていないことをやるとするなら、臨床や保全の場合、誰かがやらねばいけないこと(またはやったほうがいいこと)をやる、という違いでしょう。


 科学(医学も生態学も含む)では、ある仮説にもとづいて研究を行う時、negative data(仮説を支持しないデータ)の方が論文として発表されにくいという傾向があります(雑誌の編集者や査読者によって原稿が却下されやすいということ)。しかし、これは医学など応用面が重要な分野では問題となっています。negative dataも全体の傾向を考える上では重要だからです。つまり、データベースとしてnegative dataもきちんと残していこうという流れが生まれるのは自然なことでしょう。医学の分野では、例えば、Journal of Negative Results in Biomedicineという雑誌があるようです(*2)。


 保全に関しても問題があります。例えば、先日紹介した、ロードハウナナフシは侵入したクマネズミの捕食により絶滅したと考えられていました。ロードハウナナフシの再導入(*3)を目指して、島でクマネズミの根絶を行うのは重要なことです。しかし、近年、世界のさまざまな島でクマネズミの根絶が行われており、これ自体には研究としてのoriginalityはとても低いでしょう。研究というよりもむしろ行政が行う事業です。しかし、事業といっても研究者がかかわらざるを得ないのは実情です。近年、保全関係では、このような事業もきちんと報告する媒体を作っておこうという流れがあります。例えば、Conservation Evidenceという電子雑誌はその一つです。「クマネズミ(Rattus rattus)」で検索すると、いくつか根絶事業に関する研究例(論文)を見つけることができます。このように、あらゆるデータを編纂した媒体を作っておくことで、今後うまれる保全事業への良い指針となるでしょう。


*1 医学と生態学は、その学問の起源は大きく異なるので、簡単に比較するには注意が必要でしょう。たとえば、治療するために基礎研究を行うという流れが医学にはもともとあったけれど、種を保全するために生態学が生まれたということはないわけです。もちろん、害虫をなんとか防除するために、生態学的な手法が研究されたという面もあるでしょうが。

*2 Journal of Negative Results - Ecology & Evolutionary Biology というのもありますが、Biomedicineも含めて、それほど多くの論文が掲載されていないところをみると、Negative Resultsがそもそも少ないのか、またはその公表自体が活発じゃないのかもしれません(その他参考サイト)。

*3 厳密にはロード・ハウ島とは異なる島の個体群を導入するので、その是非については議論があるかもしれません。