生物界にひそむ諸法則

 科学のおこないの一つとして、「自然界に繰り返しあらわれるパターンを抽出して定式化し、そのメカニズムを明らかにしてあらゆる事象を予測可能なものにする」というのがあります。しかし生物学には数多くの例外があって、あらゆる事象を統一的に説明できる法則というはほとんどありません。そんな生物学における一般則をもとめた研究者たちの取り組みを紹介しているのが以下の本です。


生き物たちは3/4が好き 多様な生物界を支配する単純な法則


 著者(John Whitfield)は現在ロンドンで活躍するサイエンスライターで、かつて『ネイチャー』誌で進化、生態、保全の分野を6年間担当した経験をもつそうです。最近でも『サイエンス』誌など科学誌で執筆活動を続けているようです。


 この本ではおもに生物の個体以上を単位に、自然界に見いだされるパターンとその研究を紹介しています。特にべき乗則Power Law)とよばれるパターンに注目しています。これは二変量の関係で、Y軸の値がX軸の値に対して累乗(るいじょう)に比例する場合をいいます。例えば、島における種数(Y)は島の面積(X)の累乗に比例することはしばしば知られています。X軸とY軸をそれぞれ対数で表すと、得られる関係は直線関係になります。この直線の傾きが0.75(3/4)や-0.25(-1/4)に近い値をとることが多いため、この日本語タイトルがつけられたと考えられます(しかし原文タイトルは「In the Beat of a Heat: Life, Energy, and the Unity of Nature」)。


本書では、実にさまざまな法則が紹介されています。以下に本書で紹介されている主なパターン(関係)を列挙しておきます。

  • 緯度と(恒温動物の)体サイズとの関係(ベルクマンの法則)
  • 緯度と(大型動物の)付属体との関係(アレンの法則)
  • 動物の体重と代謝率の関係(クライバーの法則)
  • 動物の体重と心拍数の関係
  • 動物の体重と寿命の関係
  • 動物の体重とそれを支える筋肉量の関係
  • 動物の体重と毛細血管数の関係
  • 植物の体質重と成長との関係
  • 植物のサイズと個体群密度との関係
  • 動物の寄生虫の個体群密度と宿主の体サイズとの関係
  • 肉食獣の個体群密度と餌動物の個体群密度との関係
  • 森林における個々の木のサイズと全体のサイズとの関係
  • 樹木の総質量と葉の量との関係
  • 面積と種数との関係
  • 緯度と生物種数との関係
  • 気温と生物種数との関係

(本文中には他の法則や仮説も紹介されています)


 それぞの法則が簡潔に説明されているだけでなく、それらが発見された経緯や研究者の努力などが紹介されている点で科学史的な側面も持っています。例えばマックス・クライバーMax Kleiber)がどのように「動物の代謝率は体重の3/4乗に比例する」ことを見出したか、それ以前の研究による背景などとともに紹介されています。また、動物(植物)体内の血管(導管)ネットワークに注目し、クライバーの法則を説明しうるモデルを提唱したジェフェリー・ウェスト(Geoffrey B. West)やジェームス・ブラウンJames H. Brown)らがサンタフェ研究所で行った共同研究の過程なども本人たちへの取材によって詳述されています。


日本人の研究としては唯一、依田恭二博士らの3/2乗則(植物サイズの対数と個体群密度の対数との関係の傾きが-3/2)がさらっと紹介されています。この法則は一時は隆盛を極めたものの1990年代には葬り去られ、ウェストやブラウンらの代謝理論の予測によれば4/3乗則(傾きが-4/3)となるそうです。しかし多くの法則はその具体的な値が重要というよりも問題提起(仮説提唱)が大事であって、その真偽は以後の検証作業に委ねられるというのは本書が繰り返し述べていることでもあるわけです。


 生物学者の中には、生物や生態系がいかに多様かということを明らかにしていく研究者と、そのような多様性を説明しうる一般法則を明らかにしていくという研究者の両方がいるように思います。他の学問、例えば物理学者は前者のような態度を批判することが多く、一方で生物学の中でも前者が後者のような研究スタイルを批判することも多いでしょう。しかし生物学には、両方のスタイルの考え方や研究者がいるのが特徴であり大きな意味をもっているような気がします。本書では、一般則を見出す研究者を主に紹介していますが、多様性の研究者にこそ読んでもらいたいという感じがしました。


馴染みのない話題は理解するのに時間がかかりましたが、じっくり読むことでずいぶん勉強になった気がします。


 ちなみに十数年前に話題になった「ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学」はクライバーの法則を含むさまざまな法則について同様に解説された良書といえるでしょう。