ベルクマンの法則 (Bergmann's Rule):パターンかメカニズムか?

 動物の体サイズの地理的変異に関して、島の法則(フォスターの法則)アレンの法則について紹介してきました。最も有名なベルクマンの法則(Bergmann's Rule)については Wikipedia の一般的な定義を引用することですませてきました。


恒温動物においては、同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する


これは、体温維持に関わって体重と体表面積の関係から生じるものである。


 恒温動物の場合、体温を保つために、体表から放出される熱を発汗によって調節する。一般に体長が大きくなるにつれて体重あたりの体表面積は小さくなる。温暖な地域の方が寒冷な地域より放熱を頻繁に行う必要があるため、体重あたりの体表面積は大きい方(小型である方)が有利であり、逆に、寒冷な地域では温暖な地域より体温を維持するために体重あたりの体表面積が小さい方が(大型である方が)有利であると考えられる。


Wikipediaベルクマンの法則から引用



最大の熊、ホッキョクグマWikipediaより


 ベルクマンの法則とは厳密にはどういうものなのか、どれくらい普遍的な法則なのか、いろいろ知っておきたいことは多いものです。ベルクマンの原典にあたり研究史を概観した上で、関連するパターンや仮説を紹介している論文が最近出版されました。


 1847年に Christian Bergmann が「寒冷地では定温動物(warm-blooded animals)の体サイズが大きくなる」というパターンとそのメカニズムを提唱した。しかし、この論文はドイツ語で書かれたため、多くの研究者はこの原典を読まずに、二次的に紹介された文献によってベルクマンの法則が理解されてきた。


例えば、よく引用されるエルンスト・マイヤーの論文(1956年のEvolution誌および1963年のAnimal Species and Evolutionという書籍)では、「定温脊椎動物(warm-blooded animals)では、同種で、寒冷な地方の品種(race)は、温暖な地方の品種よりも体サイズが大きい傾向にある」と紹介されている。しかし、ベルクマン自身は、同種個体群または亜種、品種間では、このような体サイズの変化パターンについては認めていない。彼もこのパターンにも関心があったものの、家畜の品種では検出できなかったため、近縁種間でのパターンのみに絞って定式化したようだ。また、この品種間での差については、マイヤーよりも以前の B. Rensch が1938年に述べた解釈である。


また、内温性(endothermy)と恒温性(homeothermy)はしばしば混同して使われるが、厳密には同じ意味ではない。内温性(endothermy)とは代謝によって発生する熱によって体温を維持することを意味する一方、恒温性(homeothermy)は変動する外部環境の気温に対して一定体温を保つという意味である。ベルクマンは哺乳類や鳥類といった内温(endotherm)脊椎動物に絞って定式化しており、後の研究者は他の恒温動物(homeotherm)だけでなく、外温(ectotherm)脊椎動物や、無脊椎動物にさえもこの法則を適用してきた。


例えば、線虫の細胞サイズや卵サイズ、そして魚の血球細胞サイズ、ハエの精子サイズさえも、気温との相関関係が示され、ベルクマンの法則に従うかどうかを議論されてきた。しかし、ベルクマンの法則は、体サイズと気温との相関を生み出すメカニズム(体温調整に関連する体表面積ー体重関係)を含めたものであるので、内温脊椎動物とは生理生態が異なる無脊椎動物では、オリジナルのベルクマンの法則とは関連しない。


また、一部の研究者は、ベルクマンの法則で、気温と関連した社会性昆虫のコロニーサイズとの関係も説明しようとした。しかし、これもベルクマンは単一個体の生物を想定しているので、これもあたらない。さらに、植物や原生動物さえにもベルクマンの法則をあてはめようという研究者もいるが、これもまたオリジナルな法則とは関係しない。


 つまり、気温と体サイズの相関関係は、さまざまな生物群で検出されているのは間違いが、そのメカニズムがベルクマン自体が述べた体温調節に関連しないものではない限り、ベルクマンの法則を適用させることはできない。


 ベルクマンが想定した体温調節というメカニズムの他に、餌利用(food availability)に関するメカニズムが考えられている。その中には、体サイズが食うー食われる関係によって制御されるという考え方がある(predator-prey driven hypothesis)。例えば、捕食者の体サイズは、その餌生物の体サイズと競争者の体サイズによって制御される可能性がある。また、単位時間あたりのエネルギーの摂取と維持コストの差が最大になるように体サイズの最適値が決まっている可能性もある。また、一次生産性の高い場所ほど体サイズが増加しやすい傾向もある(ただし気温と生産量は相関することがあるので分離して考えるのは困難)。さらに、寒冷地では食物利用の季節性が顕著であるため、体サイズが大きいほど飢餓耐性が強く有利な可能性もある(seasonality hypothesis)。


 このように、気温と体サイズの関係を説明する要因はベルクマンの法則が仮定した体温調節以外のメカニズムが働いている可能性がある。しかし、実際にこれらの仮説を検証するのは、特にベルクマンが注目した内温脊椎動物では非常に困難だ。数少ない検証例としては、アリで寒冷地のコロニーから育てた幼虫は、飢餓耐性が強かったことがあげられる(seasonality hypothesisを支持)。


 気温と体サイズの相関関係についての普遍性を明らかにするために、「ベルクマンの法則」で文献検索を行った。結果、合計57論文の中で47種類が内温動物で、そのうち28種(60%)がベルクマンの法則に従っていた。また、内温動物に関する総説論文では、鳥類ではすべてで法則に従い、哺乳類では異論があった(2論文が従い、3論文が従わず、3論文が両方)。


また、外温動物では28種のうち、17種(61%)が気温との正の相関関係を示し、総説論文では約40%がその傾向を示していました。


つまり、気温と体サイズの正の相関関係は、内温動物と外温動物ともにおよそ6割で見られたことになる。つまり、その背後にあるメカニズムとして、餌利用(food availability)が関係しているのかもしれない。もし異なるメカニズムによって説明される場合は、ベルクマンの法則とは違う法則名で呼ばれるべきだろう。


しかし、パターンが検出されなかった研究は(論文として)公表されない傾向にあるので、実際の気温と体サイズの相関関係はそれほど普遍的な現象ではないのかもしれない。


 いずれにせよ、これらのパターンを生み出すメカニズムに関しての実証研究が必要とされる。また、オリジナル論文はドイツ語で書かれているので英語の翻訳版が作られるべきだ。


文献
Watt C et al. (2010) Bergmann's rule; a concept cluster? Oikos 119: 89-100.


 原典の論文にあたり、その定義を詳細に検討しており、非常に勉強になる論文でした。


生態学でよくいわれる法則(rule)というのは、オリジナルで想定された仮定から大きく逸脱する形で、さまざまなものに適用される傾向にあります。その結果として「◎では〇〇の法則はあてはまらない」ということになるのですが、そもそもオリジナルの仮定を逸脱しているならその解釈はおかしいということになります。その拡張された法則自体は、別の名前で呼ばれるべきだという考えなのでしょう。


ただ、原典にこだわるあまり、生態学での一般化を強く批判しすぎているきらいがあります。


しかも、原典を参照する重要性と翻訳の必要性をここまで強調するなら、著者らは英語圏とドイツの研究機関に所属しているのですから、補遺(appendix)としてか、彼らのウェブサイトにでも英語訳をつけたら良いのにと思っていましました(原典は114ページもあるのに、わずかに数文を英訳しているだけ)。


実際、この論考について批判をしつつ、ベルクマンの法則についての一般的な見解を整理しなおした論考も出ています。


 Watt et al. (2010) の論文では、ベルクマンの原典は James (1970) で一部英訳されているものの、全文を英訳すべきだと主張している。しかし、Watt et al. (2010) の論文では、原典からの抜粋(の英訳)は James の論文よりもずっと少ない。また、原典を読まないことから誤解を招きやすいことを主張しているが、物理学者がアインシュタインの原典を読まないからといって現代物理学の理解を妨げるとは思わないし、現代進化学の理解にダーウィンとウォーレスの「自然淘汰」論文の読解が必要だとは思わない。


Watt らの見解に対して、ベルクマンの法則ははたして(1)パターンなのかプロセスなのか?(2)いずれの分類群にあてはめるべきか、そして正しい分類群の基準(同種、種間など)とは?(3)異なったメカニズムやパターン、分類群、分類基準では別の法則名をつけるべきか?


(1)Wattらの論文では、ベルクマンの法則はパターンとメカニズムの両方を含んでいるとする。しかし、生態学のさまざまな法則、コープの法則Cope's rule)、アレンの法則、グロージャーの法則(Gloger's rule)、ラポポートの法則島の法則、緯度にそった多様性勾配、種数ー面積関係、すべてはパターンについて呼ばれている。ほとんどの法則は初期に説明された以外にも多数のメカニズムが考えられているが、その法則名で呼ばれ続けている。つまり、ベルクマンの法則もまた同様に何がメカニズムかに関わらず、「寒冷な環境にすむ種は温暖な環境にすむ種に比べて大きい」というパターンに対して呼ばれている。


(2)ベルクマンは同属の近縁種間で体サイズの差異を定義した。しかし、ベルクマン自身も種内での体サイズの差異を想定したが、彼自身の調査ではそのパターンを見いだすことができずに種内差については含めなかった。ただこれは予想自体を実データによって棄却しただけで、ベルクマンはそのパターンを予期していた。もしデータが支持していたらそのパターンを認めていたはずだ。また、ベルクマンの時代の種間差というのは、現代の分類学では亜種や品種差とほとんど同義だという考え方もある。例えば、マイヤー(1942)によれば、新しい分類群の考え方によって、鳥類19000種から8500種にまで減少した。つまり、ベルクマンの定義した種間差というのは現在の種内差を含んでいる可能性が高い。


(3)もしベルクマンの定義を近縁種間にのみ見られるパターンに限定すると、種内でのパターンは別の法則名で呼ばれることになる。例えば、James (1970) はマイヤーらの種内パターンを「ネオ・ベルクマンの法則」としており、また他の研究者は「ジェームスの法則」と呼ぶことを提案している。しかし、ジェームスの法則と呼ぶには(オリジナリティという意味で)正当性がないと感じられるので「Rensch の法則」とすべきだし、マイヤーは気温よりも湿球温度(web-bulb temperature)へと焦点をおいたのでこれは「マイヤーの法則」となるべきかもしれない。このようにベルクマンの定義を厳密に規定すると、その焦点がずれる度に法則名をつける必要があり、好ましいことには思えない。


 ベルクマンの法則は、あらゆる分類群において気温や緯度にそった体サイズの変異に適用できるものであると思う。さらに、変温動物(poikilotherm)よりも恒温動物(homeotherm)で、近縁種間よりも種内(個体群間の)でより強くあらわれるパターンであると予想される。


文献
Meiri S (2010) Bergmann's Rule - What's in a name? Global Ecology and Biogeography, online first.


 ゆるい法則の定義は、厳密な科学からすれば批判を受けやすいでしょう。しかし、ある程度ルーズな一般化は時に学問をおもしろくするような気もします。


 生態学の法則とはいったい何なのかを考えるには「ベルクマンの法則」は良い題材ではないでしょうか。


*いくつかややこしい単語があったので、(必ずしも一般的な基準とはいえないかもしれませんが)以下のように日本語訳をあててみました。

warm-blooded animals:内温動物
endotherm:内温動物
ectotherm:外温動物
homeotherm:恒温動物
poikilotherm:変温動物