古典的な生態学の論争:密度依存性をめぐって

 とある種の個体数密度(単位面積あたりの個体数)が増加すると、死亡率も上昇することを「密度依存(density dependence)」といいます。例えば、致死性の高い感染病は、密度が高いところほど感染が広まりやすく死亡率が増加することが予想されるでしょう。このように、個体数が増えすぎると、逆に個体数を減らす方向へと働くフィードバック機構を「密度効果」と呼ぶわけです。ちなみに、密度依存性は、密度が増加することで天敵による死亡率が上がる場合だけでなく(トップダウン top-down)、資源をめぐる競争(ボトムアップ bottom-up)によって死亡率が上がる場合もあり、その要因はさまざまです。


このようにあらゆる生物の個体群には、この密度効果が働くために、地球上を覆うほど増えすぎることがないというわけです。


しかし実際には、密度効果を前提としなくても、毎年の冬の到来にみるように、気候変化が生物の個体数を決めている、という考え方もあります。例えば、ウスバキトンボという昆虫は、毎年夏から秋にかけて熱帯の方から日本に向けて飛んできて、水たまりやプールなどで繁殖して世代を繰り返します。ところが、冬になるとその寒さに耐えきれずほとんどすべての個体が死んでしまいます。これは、ウスバキトンボの密度に関係なく起こる毎年の出来事です。つまり、日本におけるウスバキトンボの密度の季節変化は冬の低温が決めているとも言えるわけです(夏の分散も重要ですが)。


 密度効果が潜在的に働く場合でも、それが機能するずっと前の段階で非生物的な要因によって密度が低く抑えられることもあるというわけです。


 このような非生物的な要因が個体群密度を制御しているという見方と、密度依存性が最も強力な制御要因であるという見方が対立し、おもに1940年代後半から1950年代にかけて論争がおこりました。前者の代表的な主張者としてH. G. Andrewartha と L. C. Birchが、後者として A. J. Nicholson があげられます。


 生態学の場合、「〇〇が一般的な要因だ」というきっかけで論争が起こると、必ず反対意見が出て最終的には「〇〇は重要な要因だが、すべてを説明する一般的な要因ではない」というふうにまとまりがちです。代替要因を論争する場合も、いずれかが完全に敗北するわけではなく、両方が融合するか、片方に吸収されることで論争は収束していく傾向にあるでしょう。


密度依存性をめぐる論争でも同様です。気候変動などの非生物的な要因は、生物の資源量を減らすことで密度効果の働き方に影響を与えるという見方ができます。例えば、異常な少雨によってある種の昆虫の餌である植物の生育が悪くなった場合、その種内で餌をめぐる競争が起こり、密度依存性が働くことがあります。また、冬に異常な低温によって越冬場所をめぐって密度効果が働くこともあるでしょう。


 時間的な密度依存性*1は何十世代にわたってデータが蓄積されてはじめて統計的に検出される傾向があります。かつてはデータが少なく密度依存性の検出例が稀でしたが、時間が経つにつれデータが蓄積され統計的にも密度依存性が検出される例が増えてきたことも特筆すべきことでしょう*2


 ちなみに、密度が増加すると逆に死亡率が低下する場合もあり、これを密度の逆依存性(inverse density dependence)と呼びます。例えば、樹木の豊凶(ある年には多くの種子を生産し、別の年にはほとんど生産しないといった繁殖の年次変化)についての「飽食仮説」とは、種子食害者による密度逆依存性と関連しています。つまり、種子捕食者が食べきれない(密度依存的に反応できないほど)大量に種子を生産することで、多くの種子が捕食から逃れることができ種子の生存率を増加させます。


 また、ある種の個体群が絶滅に瀕するほど低密度の時、繁殖相手を見つけることさえも困難です。この場合、少しでも密度が増加すれば個体群増加につながります。これはアリー効果Allee effect)と呼ばれており、最近保全生物学で注目されています。

*1:密度は時間的にも空間的にも変動します。つまりその依存性にも時間的なものと空間的なものがあって、一般には時間的な依存性の方が個体群制御には重要とされています。ただし空間と時間は必ずしも分けて考えられるわけではないので両方が重要なのかもしれません。

*2:結局、1990年代になって密度依存性の一般性がほぼ認められたといって良いかもしれません