追悼・あこがれの昆虫学者

 コーネル大学名誉教授のトーマス・アイズナーさん(Thomas Eisner)が先月逝去されました。


New York Times
Thomas Eisner, Who Cracked Chemistry of Bugs, Dies at 81


長年患っていたパーキンソン病の合併症で亡くなられたようで、享年81歳とのこと。安らかにご永眠されますようお祈りいたします。


 以前に紹介したように、個人的に(勝手に)憧れていた昆虫研究者です。


日本語で翻訳された書籍がなく、病気のためか来日したこともないので、日本では一般にあまり知られた存在とはいえません。しかし、米国科学アカデミーの会員で、昆虫写真家として、また2003年に出版された自叙伝的エッセイ「For Love of Insects」で、米国内ではよく知られた昆虫学者です*1



For Love of Insects


私がハワイで過ごしていた時も、友人の研究者の本棚には「For Love of Insects」があったし、私自身も線を引きつつ精読したものです*2。さまざまな昆虫たちのおもしろい生態を紹介してあるだけでなく、Scinece や PNAS に発表された論文がどのような経緯で発見されたかを知ることができる点でも、大変勉強になるものでした。彼の研究業績については「あこがれの昆虫学者」にて簡単に紹介してあります。


 もちろん、エッセイだけでなく、さまざまな節足動物の防衛行動を写真入りで図鑑的に紹介した「Secret Weapons: Defenses of Insects, Spiders, Scorpions, and Other Many-Legged Creatures」もかなりお薦めです。最後の章で、彼が野外で使う昆虫採集道具や観察道具までも紹介しているのがナチュラリストとして好感がもてます。



Secret Weapons: Defenses of Insects, Spiders, Scorpions, and Other Many-Legged Creatures


 私自身、彼の研究分野(化学生態学)とは直接関わることはほとんどなかったのですが、わずかな接点を持ったことがあります。彼が1998年に発表した論文で、とある植物の微細なトリコーム(棘)が多くの昆虫を捕らえるという現象を写真を使って報告しています。この論文のストーリーとは直接関係ないのですが*3、私たちが2006年に発表した論文では、モチツツジという植物の腺毛(粘毛)が多くの昆虫を捕らえているのを、似たような写真構成で報告しました。つまり、植物の全形写真1枚と虫が植物に捕らえられている写真7枚という構成を真似たのです(下図参照)。このパロディーに気づいた人は全くいないとは思うのですが、せめて著者には知ってほしいと別刷りを送ったことがありました。その後、彼自身から返事をいただいたのは良い思い出です。



Eisner et al. (1998) の図1より

Sugiura & Yamazaki (2006) の図1より


 写真集「Eisner's World: Life Through Many Lenses」も2009年に出版されています*4



Eisner's World: Life Through Many Lenses

*1:学問的にの化学生態学の草分け的存在ですが、昆虫など節足動物などのユニークな生態に着目した研究が多く、私自身は昆虫学者として考えています

*2:寝転んだりしながら、写真をみたり軽く読める書物です

*3:Eisner et al. (1998)は、トリコームの威力が強く時に植食性昆虫の天敵さえも殺してしまうという内容です。一方、Sugiura & Yamazaki (2006)は粘毛に捕らえられた虫を専ら食べるカメムシの生態に関する論文です。

*4:一応購入したのですが、一部写真が「For Love of Insects」と重複しているし不鮮明なものが多いので、この写真集に関してはあまりお薦めできません。