SLOSS 論争からアマゾンでの森林断片化大規模実験(BDFFP)へ

 マッカーサーとウィルソンによる島嶼生物地理学の平衡理論が提唱され(1963年、1967年)、この理論が国立公園など保護区の設定への応用が試みられました(1970年代前期ー中期)。さらに、保護区は、単一の大面積がいいのか、複数の小面積がいいのか(Single Large Or Several Small reserves of equal area)といういわゆるSLOSS論争へと発展しました(1970年代中期から後期)。


 このSLOSS論争に決着をつけるべく*1、1979年、トーマス・ラブジョイ(Thomas Lovejoy)*2は、アマゾンの森林で壮大な実験をはじめました。これは最初「Minimum Critical Size of Ecosystems Project(生態系最小危険単位プロジェクト)」と呼ばれていたのですが、現在では「The Biological Dynamics of Forest Fragments Project (BDFFP:森林断片の生物的動態プロジェクト)」と呼ばれています。この変遷の理由は、おそらくSLOSSの焦点だった森林面積*1よりも森林の断片(分断)化による林縁効果などの影響が重要視されるようになったからでしょう。


 実験は、ブラジルのマナウス近郊の熱帯林において、1ヘクタール(100m×100m)、10ヘクタール、100ヘクタールの森林区画を選定し(対照区)、一方で周囲の森林を伐採することで同様の面積の森林断片を作り出し(処理区)、両方を比較することで森林断片化の影響を調べました。また、実験的に森林断片化を行った後は、残存森林の周囲に家畜を放して草原状態を維持する場合と、森林を再生させる(二次林)場合を比較し、断片化後の周囲環境(マトリックス:matrix*3)による影響を調べました。



ブラジルのマナウス近郊にあるBDFFPの実験林(森林の周囲は草地にして森林を人工的に断片化させている)
Googleより改変)


 現在にいたるまで約30年にわたってこのプロジェクトが続けられており、この実験に基づいて500編以上の論文や書籍が出版されています。すべてを読んで紹介するには膨大すぎるので、極めて圧縮した要約を以下に記しておきます。


 大型哺乳類、霊長類、林床生息鳥類、甲虫類、アリ類、ハナバチ類、シロアリ類、チョウ類が、森林の断片化に影響を受けやすく、大面積の森林が残された場合でも姿を消した種がいる。しかし驚くべきことに、小型哺乳類やカエル類など少数のグループは断片化の後にも個体数は安定していたか、個体数を増加させていた。これらの分類群が必要な生息面積は小さく、林縁効果(Edge effects)に影響をうけにくいか、森林断片化後の周辺環境(マトリックス*3)をうまく利用しているようだ。


 また、断片化は森林のバイオマスにも強い影響をもたらした。断片化によって、20年間で樹木の死亡率を約2倍にも増加し(特に林縁部で大きく)、しかも死亡した樹木は大型のものが多かった(原因として林縁部での風といった撹乱、乾燥化、蔓植物の繁茂など)。


 断片化した森林の周囲環境(マトリックス*3)による影響も大きい。伐採後に周囲環境を家畜によって草原化された森林よりも、周囲環境が二次林の森林の方が、林縁効果を緩和して樹木の死亡率が低かった。さらに、周囲が草原環境よりも、周囲の二次林は緑の回廊として機能し、林縁効果に影響を受けやすい種を保持する傾向にあった。


参考文献&ページ


Laurance WF et al. (2000) Rainforest fragmentation kills big trees. Nature 404: 836.


Laurance WF et al. (2004) The Biological Dynamics of Forest Fragments Project: 25 years of research in the Brazilian Amazon. Tropinet 15(2/3): 1-3. (PDF)


Laurance WF (2009) Beyond ssland biogeography theory. In: The Theory of Island Biogeography Revisited


Wikipedia: Biological Dynamics of Forest Fragments Project


Smithonian Tropical Research Institute: Biological Dynamics of Forest Fragments Project


 現在、世界中で森林の断片化はどんどん起こっていることは間違いありません。特定の種が増えることはあっても、多くの森林性の種が個体数を減らしています。また、断片化の林縁効果によって大木が枯死し、二酸化炭素の放出が促進されています。


 島嶼生物地理学の理論の提唱、野外実験による実証、平衡理論の保護区へと応用、さらにその批判・論争、その決着へ向けた大規模実験といった流れをみると、生態学が環境科学へはたす役割とそのあり方を熟考してしまいました。



*1 BDFFPで活躍してきた William Lawrance によれば、SLOSS論争への答えは「場合による(It depends)」ということです(参考:SLOSS論争とは)。


*2 ラブジョイは、イェール大学にて生物学のPh.D.を取得しています。実は、マッカーサーRobert MacArthur)も同じイェール大学のハッチンソン(G. Evelyn Hutchinson)のもとでPh.D.を取得しています。ラブジョイはマッカーサーよりひとまわりほど若いので同時期に在学したわけではないそうですが、指導教員であったハッチンソンの重要性は明らかでしょう。ハッチンソンは「多次元ニッチ」の概念を提唱した生態学者として著名であるばかりでなく、さまざまな弟子を育てあげたという点でも重要だったということです(初期はカギムシを研究するなど、昔ながらの博物学的視点をもった生態学者だったのかもしれません。ちなみに京都賞もかつて受賞しています)。このあたりの交友関係やSLOSS論争、ラブジョイらの大実験への過程は、「ドードーの歌 上, 」に詳しいです。


 また、未読ですが、ラブジョイが執筆している章があります(生物学!―新しい科学革命


*3 マトリックス(Matrix)とは、島環境でいえば島の周囲にある海がマトリックス、湖沼環境でいえば陸地がマトリックス、都市部の緑地環境でいえばコンクリートでできた道路やビルなどがマトリックスにあたります。


陸上生物にとってマトリックスとしての海に落ちれば死に関わるに対し、森林生物にとってはマトリックスとしての草地などはそれほど致命的ではありません。またBDFFPにおけるように、マトリックスとしての草地と二次林での違いもまた大きいでしょう。こういったマトリックスの質の違いを考慮すれば、島面積ー種数関係を、森林面積ー種数関係にそのまま当てはめる危険性についても納得できる気がします(参考:SLOSS論争とは)。