マダガスカルに固有の糞虫は森林破壊で半数が絶滅?―絶滅判定は“悪魔の証明”

 国際自然保護連合(IUCN)のまとめたレッドデータによると、哺乳類は記載種のうち24%、鳥類では12%がすでに絶滅したことが知られているが、種数の多い昆虫ではわずか0.07%、甲虫に絞ると0.02%しか絶滅が記録されていないようです(参考)。


これは、哺乳類や鳥類に比べて昆虫ではその確認の難しさから過小評価されている可能性が高いでしょう。熱帯では調査不足からより多くの種が絶滅している可能性があります。


 マダガスカルは、1953年以来この50年で森林面積の半分を失ってきた。そのような森林消失は、マダガスカルに生息する固有の森林生物に強い影響を与えてきただろう。そこで、森林に生息する Helictopleurini 族の食糞コガネムシ類について2002-2006年にかけて精力的に調査を行い、過去の採集データと比較した。


過去の調査で記録されていた51種のうち、29種(54%)しか再確認されなかった(他に4新種を発見)。徹底的な調査にも関わらず採集されなかった22種は、森林消失によって絶滅した可能性がある。


現在もともとある森林のおおよそ10%が残存しているが、種数−面積関係を考慮すれば約半分の森林性種が残っていると考えられる。食糞コガネムシ類の調査結果(29/51種)はこの予測を支持しているだろう。


文献
Hanski I, et al. (2007) Deforestation and apparent extinctions of endemic forest beetles in Madagascar. Biology Letters 3:344-347.


 過去に採集記録のある地点で詳細な調査を行うことで、絶滅種を判定しようという試みです。これは、鳥類や哺乳類に比べるとかなりラフな判定方法といえるでしょう。それゆえ論文では、「絶滅(extinction)」と断定するのではなく、「apparent extinction」として語調を弱めています。


マダガスカルの糞虫類の分布範囲が狭いとはいえ、マダガスカルは広い島です(本州の2倍以上、世界で4番目に大きい島)。数年の調査で見つからなかったからといって「絶滅」という用語を使うのは、どうかなと思う人も多いでしょう。案の定、その調査方法について批判が出されました。


 Hanski et al. (2007)の研究は、過去(1875-1990年)126地点から採集された51種と、2002-2006年にかけて61地点から29種(+4新種)を比較して、22種が絶滅した可能性があることを報告した。しかし、2002-2006年の調査は、過去の調査地点126地点のおよそ半分の61地点でしか行われていない。また、絶滅した可能性があるという種が過去に分布していた16地点については調査されていなかった。


森林性種はしばしば二次林などでも低密度であっても生き残ることがあるので、絶滅の可能性のある種について、攪乱された生息地、断片化した森林やその周囲でも調査する必要があるだろう。


さらに、5年間で61地点から4880個体を採集したあるが、その内訳の詳細が明らかでない。また、調査努力(地点あたりのトラップの数など)も記されていない。


以上のように、マダガスカルの固有甲虫類が絶滅している可能性について示唆した重要な論文であるが、その結論を下すには調査が十分でないだろう。


文献
Rös M, Pineda E (2009) Apparent extinction or insufficient sampling?: comment on ‘Deforestation and apparent extinctions of endemic forest beetles in Madagascar’ Biology Letters (doi:10.1098/rsbl.2009.0341)


 査読者のコメントみたいな批判です。もともと速報用のレター雑誌(1論文4ページ以内の字数制限がある雑誌)に発表された論文なので、確かに詳細な方法やデータが割愛されている印象があります。しかし、昨今は電子補遺(Electronic supplement)を利用すれば追加データを入れることは可能だったはずですが。


ともかく、著者らによってコメントに対する応答が同時に掲載されました。


 前論文(Hanski et al. 2007)で絶滅の可能性があるとした種の多くがまだ生存しているかもしれないという批判には同意する。とはいえ、多くの種の個体数が減少しているだろう。


森林性の Helictopleurus の多くの種は、非常に限れた森林にのみ生息しており、わずか4種だけが新しい資源(移入家畜の糞)を利用し攪乱したハビタットに棲むことができるようになった。


また、前調査以後(2007-2008年)、マダガスカル北部地域でさらなる調査を行い、909個体を採集し、Helictopleurusの34%を再確認した。13種のうち1種は未記載種であったが、4種は前論文で絶滅可能性のあるとした種であった。このように、Rös & Pineda の指摘したように、「絶滅した種」の多くが再発見された。


とはいえ、追加サンプルを得てもなお前論文の結論は変わらない。というのも、(1)再発見された3種は以前には普通種であり、生息地域の過去50年の森林消失率は50-60%であったため、最も再発見されやすい種であったから。(2)この北部地域での徹底した調査にかかわらず、以前に記録のある9種はいまだ記録されておらず、その生息域の低地林は完全に伐採されてしまっているから。(3)ロジスティック回帰分析により、2002-2009年にかけて採集されなかった種は、過去にも稀な種で、その生息範囲では大規模な森林伐採が行われているから。


文献
Hanski I, Meyke E, Miinala M (2009) Deforestation and tropical insect extinctions. Biology Letters (doi:10.1098/rsbl.2009.0457)


 継続調査の結果、絶滅したと思われたうち4種は著者らによってすぐに再発見されたようです。しかも、批判にあったようなサンプル努力についてはほとんど答えていませんし、あとの議論は(査読コメントに対する)言い訳のようにも感じられます。かの Hanski でも査読コメントにはこういう風に答えているのかな、と想像すると感心半分、安心半分という感じです。とはいえ、マダガスカルの森林に固有の糞虫たちは、森林伐採によって数を減らしているのは確かなのでしょう。


 それにしても「絶滅」の判定(証明)はとても難しいと感じます。これは、「ないことの証明」が、「検証と反証の非対称性」を含んでいるからでしょう。種が「ある」という証明の方が、「ない」(絶滅)という証明よりもずっと容易であるからです。


例えば、「50枚のふせたトランプの中にジョーカーがない」という仮説について、それを検証するには50枚のカードすべてを調べないといけませんが、反証するには1枚ジョーカーを見つければそれで終わりです。


調べる対象がカード50枚のように有限であることが明らかな場合は良いのですが、「A種が地球上から絶滅した」という仮説を厳密に検証するには、無限ともいえる世界中のあらゆる場所を調べて、現存しないことを明らかにしなてくはなりません。逆に、1カ所でもA種を発見することで反証されてしまいます。


別名「悪魔の証明」とも言われているほど、「ないことの証明」は難しいというわけです(参考)。