島で外来捕食者を駆除する時の注意点:‘Mesopredator Release’に関連して

 一般に、開発などによって森林が孤立化したり断片化すると、真っ先に姿を消すのは、生息に比較的大きな面積が必要な最上位捕食者(大型捕食者で、トラとかピューマとか)であることが経験的に知られています。最上位の捕食者がいなくなることで、群集にはどういう影響がおこるのでしょうか。


 ベネズエラの熱帯林で、ダム湖を作る過程でできた島の森林では、その断片化によってもともと生息していた多くの捕食者が失われた。ダム湖の島々と近隣の森林での比較調査によって、上位捕食者の消失は、下位の捕食者(ネズミなど)や植食者(サルやハキリアリなど)の個体数を増やし、樹冠形成樹種の実生や若木の減少を引き起こしていることが明らかになった。


文献
Terborgh J, Lopez L, Nunez P, Rao M, Shahabuddin G, Orihuela G, Riveros M, Ascanio R, Adler GH, Lambert TD, Balbas L (2001) Ecological Meltdown in predator-free forest fragments. Science 294: 1923-1926.


 群集において上位捕食者がいなくなることで、これまで抑えられていた中位捕食者や植食者が増加してしまい、植生や群集全体まで影響が波及していきます。このような上位捕食者の消失が群集に与える影響は、top down cascadeと呼ばれています*。cascadeは「滝」や「つながる」という意味があるようです(逆に栄養段階が下位の種が上位に及ぼす影響は、bottom up cascadeと呼ばれています)。


 さて、複数の外来の捕食者が侵入している生態系についても、上位捕食者を除去してしまうと、中位捕食者が増加することで、在来群集に影響を与えてしまうかもしれません。森林の孤立化や断片化よりも閉鎖された生態系、つまり島の生態系を考えてみましょう。


 ある島に固有の鳥を保全するために、その捕食者となっている外来種であるネコを除去するとします。しかし、ネコは同じく外来種であるネズミも食べています。また、ネズミは鳥の卵やヒナを襲うので、鳥にとっては捕食者でもあります。つまり、この系ではネコが上位捕食者(top predator or superpredator)、ネズミが中位捕食者(mesopredator)となっています。ここでネコを除去すると、ネズミの個体数が増加し、ネコがいる時よりも鳥に与える影響が強くなる可能性があります。



図(Courchamp et al. 1999より

 このような上位捕食者の除去(消失)により中位捕食者が増加してしまうことは、mesopredator release と呼ばれています*。以下の論文では理論的な解析によってこの過程が実際起こりうることを示しているようです。


文献
Courchamp F, Langlais M, Sugihara G (1999) Cats protecting birds: modelling the mesopredator release effect. Journal of Animal Ecology 68: 282-292.


 実際、ネコ、ネズミの除去の前後にきちんと鳥のモニタリングを行い、鳥の増減データを示すことでこの仮説を検証することができるでしょう。とはいえ、実際にこのようなデータをとるのは大変です。最近になってようやくその検証論文が発表されつつあります。


 ニュージーランドのとある小島(Little Barrier Island)において、海鳥保全のために1980年に上位捕食者であるネコを除去し、その後2004年に中位捕食者であるナンヨウネズミ(Rattus exulans)を根絶した。この過程で、高標高と低標高の場所で保全対象の海鳥であるハジロシロハラミズナギドリPterodroma cookii)の営巣成功率を調査した。これらのデータを用いて、以下の二つの仮説を満たせば、mesopredator releaseが実際起こっていたことが検証される。


検討仮説
(1)上位捕食者(ネコ)の除去によってミズナギドリの営巣成功率が減少する
(2)中位捕食者(ネズミ)の除去によってミズナギドリの営巣成功率が両者の捕食者がいる場合よりも増加する


 結果、ネコの除去によって、高標高地でのミズナギドリの営巣成功率は逆に低下してしまった(仮説1を支持)。しかし、ネズミの除去によって、高標高地でのミズナギドリの営巣成功率はネコやネズミがいる時よりも増加した(仮説2を支持)。一方で、低標高地でのミズナギドリの営巣成功率は、ネズミがいる時といない時で変わらず高かった(低標高地のネコがいる時のデータはなし)。


 以上の結果より、この島では上位捕食者の除去はかえって保全対象である海鳥の個体群を減少させることにつながっていた。これは、中位捕食者であるネズミの増加が海鳥の個体群に与える影響が大きくなったためであった(つまりmesopredator releaseがあった)。ただし、その影響は標高に依存していた(空間的異質性がああった)。


文献
Rayner MJ, Hauber ME, Imber MJ, Stamp RK, Clout MN (2007) Spatial heterogeneity of mesopredator release within an oceanic island system. Proceedings of the National Academy of Sciences USA 104: 20862-20865.


 在来種を保全するために、その捕食者を根絶する手法は、世界のいろいろな島々で行われています。しかし、その捕食者がどのような食物網の中での位置を占めているかをしっかり把握した上で、適切な対策をとっていかねばならないということです。



* 生態学者に限らず科学者は、現象やメカニズムに名前をつけたがるものです。現象やメカニズムに短いフレーズにを与えることで論文タイトルに含めたり文章中で繰り返すのに便利です。また魅力的なネーミングであれば、検証したくなるというのもあるかもしれません。ただ生態学では、物理学のように提唱者の名前をつけるのは少ないような気がします(Janzen-Connell 仮説は例外的だけど、D. Janzenが提唱した仮説は数知れないのでたまにはありかと)。