クリスマス島のお護り:固有のカニ red crab

 在来捕食者が、外来種の侵入を防ぐという考え方については、biotic resistance hypothesis(生物的抵抗仮説)として紹介しました。最悪の外来種アフリカマイマイの侵入を、島の固有種が防ぐという研究があります。

 
 クリスマス島という海洋島がインド洋にあります(世界の島々の11番)。この島の森には red crabとよばれるクリスマス島固有の真っ赤なカニ Gecarcoidea natalis が知られており*1、11月頃に産卵のために海まで歩く大行進で有名です*2。生き物好きの人はテレビで観たことがあると思います。ない人は、以下のYouTubeでチェックしてみてください。すごい数のカニです。


クリスマス島のレッドクラブの大行進
http://www.youtube.com/watch?v=yvabv7a6m7E


 そのカニの生態的な役割が近年注目を集めています。これだけ数がいたら、何かしらの役割は果たしているでしょう。



 クリスマス島において、在来種レッドクラブと外来種アフリカマイマイの個体数には負の相関関係があった。つまり、レッドクラブがたくさんいる良好な植生(雨林)にはアフリカマイマイの無傷の殻はほとんどなく、レッドクラブがほとんどいない攪乱された場所にはアフリカマイマイの無傷の殻が多かった。落ちているアフリカマイマイの殻を詳細に調べたところ、レッドクラブがいない場所よりいる場所の方が、殻にレッドクラブの攻撃を受けた割合が高かった。


そこで、1989年に、生きたアフリカマイマイ(殻長平均5.2cm)を両方の場所(レッドクラブの多い場所とほとんどいない場所)に導入したところ(紐で固定して生存過程を追った)、レッドクラブのいる場所ではたった48時間で97%のアフリカマイマイがレッドクラブに殺されていた。一方、レッドクラブがほとんどいない場所では、22%の個体が主に外来種のアカカミアリ(一部レッドクラブ)によって殺されていた。


以上の結果は、レッドクラブは外来種アフリカマイマイの森林内への侵入を防いでいることを示している(biotic resistance)。


文献
Lake PS, O'Dowd DJ (1991) Red crabs in rain forest, Christmas Island: biotic resistance to invasion by an exotic snail. Oikos 62: 25-29.


 レッドクラブは、普段はクリスマス島の雨林の林床に穴を掘って、リター(枝葉)や果実、種子、実生、時に小動物を食べる雑食者として知られています。その密度は、1m2あたり0.8-2.6個体、ヘクタールあたり800kgを超えることもあるらしい。つまり、これだけのカニがいることで、クリスマス島の雨林はアフリカマイマイといった侵入者から護られていたわけです。


 ところが、そんな強者と思われたレッドクラブが、最近個体数を爆発的に増やした外来種であるアシナガキアリ(yellow crazy ant: Anoplolepis gracilipes)に捕食され、それによって森林に大きな変化が生じてしまったというのです。



 数十年にわたり、低密度であったアシナガキアリは、1989年に最初の大きなスーパーコロニーが発見され、1990年代中頃以降2001年までにその分布は拡大し続けてきた。島の雨林の約4分の1にスーパーコロニーが見られるようになってしまった。


アシナガキアリの密度が高い場所では、アシナガキアリが直接レッドクラブを襲い捕食することで、その密度を低下させていた。カニの巣穴の密度は、アシナガキアリの侵入地では、非侵入地の2.4%にまで減少していた。さらに、カニの減少によって、これまで食べられていた樹種の実生が急激に増加した。また、アシナガキアリは、樹上のカイガラムシを天敵から守り、そのかわりに蜜をもらうという共生関係を結び、カイガラムシの密度を増加させていた。カイガラムシの増加は、すす病の発生を誘発し枝枯れを引き起こし、しばしば樹木を枯死させていた。


 以上の結果をまとめると、アシナガキアリの侵入によって、森林の林床には多くの実生が生え、樹冠では枝枯れがおこるなど、森林の景観自体が変化しつつある。


文献
O'Dowd DJ, Green PT, Lake PS (2003) Invasional meltdown on an oceanic island. Ecology Letters 6: 812-817.


 小さな外来アリが森林の景観をも変えてしまうというインパクトの大きい研究です。著者らはもともとレッドクラブが森林の実生更新やそのほか生物に与える影響を調査していたようですが、思いがけず外来アリがレッドクラブの除去を行ってしまったことで、レッドクラブの生態的な役割の大きさが鮮明になったといえるでしょう。皮肉なことです。


 ちなみに、アシナガキアリは、いろいろな熱帯、亜熱帯地域に侵入していますが、クリスマス島ほどの大きな影響はまだ報告されていないようです。沖縄やハワイにももちろん侵入しています(小笠原ではまだ、でも硫黄島には侵入済)。



アシナガキアリのコロニー(オアフ島にて)



*1 クリスマス島以外にも近くのKeeling Islandsにも分布するようなので、厳密にはクリスマス島のみの固有種というわけではないようです。


*2 クリスマス島に初期に住んでいた人の記録では、高密度のレッドクラブの大行進が知られておらず、一説には、Rattus macleariという在来ネズミがレッドクラブを食べていたが、クマネズミの侵入によって R. macleari が絶滅してしまいレッドクラブの密度が増加したという説もあるようです。ちなみに、R. maclean1903年を最後にクリスマス島から記録が途絶えてしまったようです。

http://en.wikipedia.org/wiki/Christmas_Island_red_crab

また以下の論文ではR. macleariの絶滅はクマネズミの持ち込んだ病気(ノミが媒介するトリパノソーマ)によるものであることを示唆しています。
Wyatt et al. (2008) PLoS ONE 3(11):e3602