島で再発見されたナナフシ

 大きな生物というのは一般の興味をひくし、それがさらに絶滅してしまった、となれば、気になってしまうのはなぜでしょう。特に、海洋島にすむ生物は、固有種であることが多く、絶滅しやすいことが知られています。

 「島の大型昆虫の絶滅とその再発見」というフレーズは昆虫少年だった私にとっては大変興味をもてる話です。最近英王立協会の雑誌に、ロードハウナナフシの分子系統的位置に関する論文が発表されたのに刺激され、本種の興味深い研究の歴史について勉強してみました。


 ロードハウナナフシ(Dryococelus australis)は、オーストラリアの東岸から700km離れた海洋上にあるLord Howe Island(ロード・ハウ島:面積14.55km2)に固有の昆虫である。ロードハウナナフシは、オス成虫で全長最大120mm、メス成虫で最大150mmという大型ナナフシで、普通のナナフシとは違って、全体は黒色で光沢があって(ただし標本では変色)、胸部や腹部、脚は太く、オスの後脚(腿節)には刺まである。そのため、ツリー・ロブスターとか、ランド・ロブスターという呼び名がつけられていた。生態も変わっていて、昼間は集団で木のうろなどで過ごし、夜間は木の上にのぼって葉をかじる。19世紀と20世紀初頭には、ロード・ハウ島でこのナナフシは非常に多く見られたようで、博物館には当時の標本がたくさん残されている。しかし、1918年に船を通じて侵入したクマネズミによって、あっという間に減少し、1920年代にはもうすでに見つからなくなってしまった。そのため、1990年代のIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストでは絶滅種として掲載されていた。


 ただし、このナナフシは、ロード・ハウ島から約25km離れたBalls Pyramidと呼ばれる小さな島(というより海上に出た岩山)で、1960年代にロッククライマーによって死体が何度か目撃されており、その後も何度か調査が行われているものの生きた個体は発見されずにいた。しかし、2001年2月5日の午後10時に夜中のロッククライミング調査によって、固有植物上で2個体のメスが発見された。さらに2002年3月の再調査によって、合計24個体(うち少なくとも8メスと2オス)が発見された。しかし、このBalls Pyramidという場所は、急峻な崖で植生はほとんどなく、海抜65mで斜度50度の急峻な崖の途中にある小さな茂みにのみナナフシは生息している。


 ロード・ハウ島とBalls Pyramidは一度も陸続きになったことはなく、25kmの距離を、飛べないロードハウナナフシはBalls Pyramidにどのようにしてやってきたのかは謎のままだ。材などに乗って流れてたどりついたのか、はては海鳥にひっついてやってきたのか(Balls Pyramidは海鳥の繁殖地でもある)、それとも釣り人に連れられてきたのか(ロードハウナナフシはたくさんいたので釣り餌に使われていた)。


 その後、2003年に現地の個体群から2ペアを採集し、1ペアはメルボルン動物園に、もう1ペアはシドニー在住の民間の飼育家のもとに送られ人工繁殖が始まった。メルボルン動物園では、採集した1メスから合計257卵を得て、以後数世代にわたって個体数を順調に増やしている。しかし、1ペアからはじめた飼育個体群には問題があった。飼育4世代を調査したところ、成虫の産卵数、卵重量、ふ化率、幼虫の体長などの減少が認められ、さらに形態的な異常個体も出現していることが確かめられた。そこで、もう1ペアが飼育されているシドニーの飼育個体群から、4個体のオス成虫を導入したところ、さらなる異常個体の出現は起こらず、卵や幼虫サイズ、ふ化率は増加した。このように、脊椎動物などでよく知られているように、ロードハウナナフシの人工繁殖個体群でも近交弱勢がみられた。今後、残された野外個体群から飼育個体群への新たな個体の追加が必要とされるだろう。


 ロード・ハウ島でのクマネズミの根絶を行うために、2007年にまず他の島で殺鼠剤を用いた根絶を行い、2007年8月には予備的な試験がロード・ハウ島でも行われた。ロード・ハウ島での全域での根絶事業は2010年に行われる予定である。その後、ロードハウナナフシの再導入が行われ、長期的には、クマネズミによる被害を受けていた脊椎動物の再導入も続くだろう。


ウェブサイト


ロードハウナナフシ(日本語のページもあり)
http://en.wikipedia.org/wiki/Lord_Howe_Island_stick_insect

Balls Pyramid(日本語のページもあり)
http://en.wikipedia.org/wiki/Ball's_Pyramid


文献


Priddel D, Carlile N, Humphrey M, Fellenberg S, Hiscox D (2003) Rediscovery of the ‘extinct’ Low Howe Island stick-insect (Dryococelus australis (Montrouzier)) (Phasmatodea) and reccomendations for its consrvation. Biodiversity and Conservation 12: 1391-1403.


 絶滅したと思われていたナナフシを2001年に、ついに再発見したことを報告した原著論文。このナナフシにまつわるこれまでの経緯や、発見した状況がこと細かく紹介されている。夜間のロッククライミングなど、探検家のような調査内容に、読んでいるだけでわくわくする。また、今後の保全の方針(クマネズミの根絶や外来植物の除去、飼育個体群の確立など)が提案されている。


Robertson H (2006) Sticking in there. Current Biology 16: R781-R782


 ロード・ハウ島の自然の豊かさと貴重さを紹介し、再発見されたナナフシの保全の現状を報告している。野外から採集した2ペアをもとに飼育がはじまり、1ペアはメルボルン動物園に、もう1ペアはシドニー在住の民間の飼育家のもとで飼育が始まり、順調に飼育個体数を増やしていることを報告している。


Honan P (2008) Notes on the biology, captive management and conservation status of the Lord Howe Island Stick Insect (Dryococelus australis) (Phasmatodea). Journal of Insect Conservation 12: 399-413


 野外から採集されたうちの1ペアをもとに飼育が行われているメルボンルン動物園の研究者による飼育手法、生活史などに関する詳細な報告。メスの平均産卵数、卵サイズ、ふ化率、幼虫の発育齢数、生育期間、行動(集合性、摂食、交尾、産卵行動など)、餌メニュー(寄主植物)などを記載し、さらに人工飼育の問題点(近交弱勢)、保全の意義などを議論している。今後この論文は、これまであまり行われてこなかった絶滅危惧昆虫の人工繁殖について重要な影響を与えるだろう。


Buckley TR, Attanayake D, Bradler S (2008) Extreme convergence is stick insect evolution: phylogenetic placement of the Lord Howe Island tree lobster. Proceedings of the Royal Society B (online published)


 ロードハウナナフシの系統的位置に関して最近発表された論文。本種は、これまでその形態(胸部、腹部が太く、さらに3対の脚も太い)から、ニューギニアニューカレドニアの地上徘徊性ナナフシと近縁で、Eurycanthinaeという亜科に含められていた。しかし、分子系統解析の結果、これらの種の類縁関係は否定され、別々のグループ(亜科)から類似した形態が進化してきたことが示された。これはおそらく、地上徘徊生活に適応するのに関連した選択圧の結果、類似した形態へと収斂したためであろうと議論されている。


 Balls Pyramidでの個体群サイズはわずか40個体以下と推定されています。何故、そのような少ない個体数で何十年以上も絶滅せずにいたのかは謎のままです。一つの可能性として、多くのナナフシのように、本種は単為生殖が可能かもしれないということでしょう。ただし、飼育下ではオスと交尾をし産卵を行うので、オスが低密度の場合の機会的単為生殖(Facultative parthenogenesis)があるかどうかということになるでしょう(まだきちんと調べられていない)。また、近交弱勢との関係性も興味深いといえます。

 次は、同じくネズミによって絶滅してしまったと考えられている大西洋のセントヘレナ島(Saint Helena)固有の巨大ハサミムシの再発見が望まれますね。

http://www.earwigs-online.de/Lherculeana/Lherculeana.html