恐竜図鑑

 『決着! 恐竜絶滅論争』を読んだのをきっかけに、 白亜紀末の大量絶滅に興味をもったので、『絶滅のクレーター―T・レックス最後の日』や『ネメシス騒動―恐竜絶滅をめぐる物語と科学のあり方』、『恐竜はネメシスを見たか』と続けて読んできました(参考:恐竜絶滅と周期的大量絶滅)。いずれも科学読み物として大変おもしろかったのですが、少し違和感も感じました。つまり、いずれもタイトルに「恐竜」が入っているのに、どの本にも恐竜の名前や生態についてはつっこんだ解説がほとんどなかったことです。たぶん、「白亜紀末の大量絶滅」とするよりも、「恐竜の絶滅」と書いた方が一般的にはわかりやすいし、興味がもたれるのでしょう。商品として本を売るわけですから、それなりの戦略は大切です。しかし、恐竜というワードに反応する人たちにとっては裏切られた感は否めません。


私自身も幼少の頃は、恐竜が大好きで、絵本に描かれた図をみて妄想たくましくしておりました。「恐竜絶滅本」に急に刺激され、最近の恐竜図鑑を見たくなりました。いつものように、アマゾンで検索し、いくつか候補を見つけたものの、図鑑は実際中身をみてみないと当たり外れが多いもの。特に、恐竜は現存しないので、イラストかCGで復元された図なので、その好き嫌いもあるでしょう。


ということで、さっそく書店に行って、図鑑を見比べてみることにしました。ところが、です。子供向けの図鑑の場合、子供が手にとって読むことが多いためか、多くの図鑑がビニールで包んであって中身を見られないようになっているのです。一部、見本用にあるのですが、代表的な図鑑のみでした。すべての図鑑を見比べるには、店員さんにビニールをはがしてもらうしかありません。はがしてもらった以上は少なくても1冊は買わないと、というプレッシャーもあります。とはいえ、子供へのプレゼントという暗黙の言い訳によって、ここは堂々とビニールをはがしてもらって見比べたのでした。


そこで買ったのが以下の図鑑です。



恐竜 (講談社の動く図鑑MOVE)


 化石の写真と復元イラスト、そして恐竜の種類がほどよいバランスで配置されているので選びました。また、監修をつとめている研究者の存在も大事でしょう*1。そして、最も大事なことは、出版年が新しかったことです(初版が2011年7月)。恐竜は、毎年のように新たな化石が見つかるため、最新の知見が盛り込まれている方が、復元図などにいかされているからです。例えば、コラム風に最新の知見もほどよく解説されており、1990年代から見つかるようになった羽毛恐竜についてはもちろん、色素の研究から羽毛の色がわかるようになった話や、恐竜の推定歩行速度なども盛り込まれています。そして、もう一点、値段の割に嬉しいことがあります。昔の図鑑にはなかった、DVDがついていることです。CGを駆使して、恐竜の進化史に沿いながら肉食恐竜であるティラノサウルスなどの動画がハイテンションなナレーションで解説されています。もちろん子供向けです。


ただし、惜しむらくは、アマゾンの書評にも出ていましたが、本の作りがイマイチなこと。子供でなくても、何度か本を開閉しているだけで、ページがバラバラになりそうです。


 恐竜は先に書いたように、さまざまな証拠から復元図をつくるため、研究者によっては異なることがしばしばあります。つまり、復元図によって見る者が抱くイメージが大きく異なってきます。そういった偏見を避けるためにも、別の図鑑も見ておきたい。


 職場で恐竜の話をしていると、結構詳しい人がいるもので、下記の本を薦めてもらいました。



よみがえる恐竜・大百科 超ビジュアルCG版


 こちらは、大人向けです。復元図はCGで作られ、文章は多めで、一般向けに知られている内容から、最新の知見まで、掲載種数を絞って、グループごとにじっくり解説されています。著者は海外の研究者によるもので、最新の知見をどん欲に取り込んで居る感じです。恐竜や鳥類、他の爬虫類との系統関係や、その解釈の歴史も詳しく紹介されています*2。何より興味深いのは、羽毛恐竜の発見を取り入れて、さまざまな恐竜にも羽毛を生やしているところです。T.レックスこと、ティラノサウルスは、祖先種と考えられるものに羽毛が見つかっていることから、子供には羽毛が生えていたと推定されているようです。しかし、この図鑑には、親にも一部羽毛が残っていたと考え、シャンプーハットみたいに羽毛を生やしているのが個人的におもしろかったです(表紙の真ん中)。


ただし、大人向けにも関わらず、大判で、見開きに一枚のCGを使ったり、やたら紙面を無駄にしている感も否めません。日本人の住宅事情を考えて、訳本では軽い本にしてほしかったです。


 もう一冊くらい種数が豊富な図鑑がほしいと重い、海外の図鑑も入手してみました。



The Complete Book of Dinosaurs


しかし、絵はちょっと古いタイプで、あまり好みにあいませんでした(書店で中身を見られなかったので仕方がない・・・)。ただし、本サイズは小さく軽く、値段の割に種類数は比較的豊富で、名前を調べるには役立ちそうです。例えば、恐竜の名前で、ティラノサウルスとかステゴサウルス、ブラキオサウルスというのは、すべて学名の属名にあたります。種が記載されるときには、属名だけでなく種小名も必要ですが、恐竜で種小名まで呼ばれるのは、ティラノサウルス・レックス(Tyrannosaurus rex)くらいです(T. rex:ティー・レックスとよく呼ばれる)。この図鑑では、属を代表する種名が掲載されています。


 これら3冊の図鑑を見比べてみると、印象に最も影響を与えるのはやはり体色でしょう。2000年にネイチャー誌にて発表された4枚の翼をもつミクロラプトルについては、『恐竜 (講談社の動く図鑑MOVE)』では主に水色、『よみがえる恐竜・大百科 超ビジュアルCG版』では主に白色、『The Complete Book of Dinosaurs』では主に緑色に描かれています。つい先日サイエンスに発表されたばかりの論文によれば、玉虫色に輝く黒色の羽を持っていた可能性が指摘されています。このように、色彩だけみても、イメージはずいぶん異なってくるわけです。


 一方、これらの恐竜図鑑で残念なこともあります。これらの図鑑では、翼竜、首長竜、魚竜についての扱いが乏しいのです。これらは恐竜とは異なる系統群の絶滅大型爬虫類ですが、広い意味では恐竜と呼ばれることも多く、これらを期待している人も多いはずです。


参考文献

Xu X et al. (2000) Four-winged dinosaurs from China. Nature 421:335-340.


Li Q et al. (2012) Reconstruction of Microraptor and the Evolution of Iridescent Plumage. Science 335:1215-1219.


ナショナルジオグラフィック ニュース
玉虫色の輝き、ミクロラプトルの羽毛

*1:恐竜など古生物についてはまだまだ謎が多く、しっかりした研究者が監修を行っていないと、根拠の乏しいトンデモな話ばかりになってしまうので。

*2:現在では、鳥類は間違いなく恐竜の仲間であることは認められ、恐竜もまた少なくとも一部の種類では恒温動物であったそうです。