ハワイから広がる多様性

 大学はすっかり夏休みという感じで学生もまばらです。研究室のRさんも出張と帰省をかねて欧州に旅立ちました。二ヶ月ほど帰ってこないそうなので、研究室も少し気が抜けた感じです。ということで、夏休み中はセミナーがないかと思っていたのですが、今日は臨時のものが一つありました。内容は「ウォーレス線」について。しかも、この間勉強したDispersal vs Vicariance に関連しており、とても勉強になりました。


 ウォーレス線の提唱と、その後の解釈について、先日書いた内容と大きく違うものではなかったのですが、最後の質疑応答で、(少し本題からはずれていましたが)おもしろい議論に発展していました。


 ハワイ諸島の生物は進化の袋小路(dead end)に入っているか?


 つまり、世界一隔離された島としてのハワイ諸島は、大陸から分散してきた種にとっての袋小路なのではないかということです。例えば、ハワイにおいて、飛べない鳥や昆虫、種子散布能力を失った植物などが進化したように、他の場所に分散することのない最終地点であるというイメージがハワイにはあります。


しかし、近年の分子系統解析によって、ハワイ諸島で放散した固有種が、さらに他の陸地に分散している可能性が示唆されるようになってきました。


 ハワイショウジョウバエ類(ショウジョウバエ科)は、1種(または少数種)の祖先種からおよそ1000種にまで分化したと言われ、ハワイにおける放散の最も顕著な例としてしばしばとりあげられる。ハワイには(分類的な扱いには混乱があるが)2属(DrosophilaScaptomyza)が知られているが、ミトコンドリアの分子系統解析によって、ハワイに見られる両属は共通祖先からハワイで分化したという従来の説を支持した。


また、Scaptomyza という属には現在272種が知られているが、そのうち161種(59%)がハワイ固有種で、他の種はマルケサス諸島(太平洋の海洋島)やトリスタン・ダ・グーニャ(大西洋の海洋島)などに分布している。ハワイ諸島固有の Scaptomyza 属5種と、ハワイ以外に分布する2種(S. frustuliferaS. altissima:論文には記されていないが、大西洋の海洋島に分布する種)の系統関係を調べると、なんと後者2種は、ハワイ産Scaptomyza 属のクレードに含まれていた。つまり、ハワイで種分化したScaptomyza 属の一部の種が、他の海洋島に分散していった可能性が示唆された。


Scaptomyza 属は、さまざまな植物組織上で発生(幼虫発育)することが可能で、例えば、ハワイでPapala Kepau(Pisonia brunoniana)と呼ばれるオシロイバナ科の果実の皮は、Scaptomyza 幼虫の餌となるが、その皮の粘性は強くて海鳥などに付着しやすい(つまり、海鳥と一緒に分散した可能性がある)。


文献
O'Grady P, DeSalle R (2008) Out of Hawaii: the origin and biogeography of the genus Scaptomyza (Diptera: Drosophilidae). Biology Letters 4: 195-199.


 世界のショウジョウバエ科の4分の1の種がハワイの固有種と言われています。つまり、ハワイ諸島という特殊な環境で爆発的に種数が増え、後、世界に広がった、という説もありえない話ではないということでしょう。


 また、分子系統解析を用いた研究は、ショウジョウバエ以外にも、いくつかの植物やカタツムリで、ハワイ諸島から他の島へ分散したことを明らかにしつつあります。おそらく、これまで考えられていた以上に、このような分散パターンが今後明らかになっていくと思われます。


 しかし、いずれの研究でも、これらの分散には、島間を頻繁に移動する海鳥が有力な乗り物として候補に挙げられています。しかし、何千年、何万年に一度成功すれば良いような分散過程を、科学的に検証するのはなかなか難しいかもしれません。