ダーウィンはビーグル号での航海中、陸から数十km離れた海中でゲンゴロウやガムシといった水生甲虫が泳いでいるのを観察しているそうです*1。一般に昆虫が島に渡るには、大木などの天然の筏に乗るか、一気に飛翔することが重要でしょう。しかし、一定期間、海水に耐える能力があれば、海上で休みながら長距離を移動することが可能かもしれません。実際、小笠原などの孤立した海洋島でも、ゲンゴロウ類が分布していることが知られています*2。
ダーウィンの観察にもとづいて、実際に海水中でのゲンゴロウの耐性を調べた研究があります。
千島列島で採集した小型種カラフトシマケシゲンゴロウHygrotus impressopunctatusの成虫(約5mm)を、海水と淡水で飼育を行った。結果、海水中でも50%以上の個体が4日間は生存していた。海水中では、13日目にすべての個体が死んだのに対し、淡水中では39%の個体が生存していた。海水中での平均生存日数は6.2日であった。このように、淡水での生存日数の方が長いが、海水に対してもある程度の耐性があることがわかった。
ゲンゴロウの飛翔力がどれくらいあるのかはわかりませんが、内陸でも池や湖の間を飛翔して移動するのと同様に、近隣の島に渡る能力は十分にあるでしょう。考えてみれば、日本固有のゲンゴロウというのは少なく、だいたいは広い分布域を持っています。
日本でも最もよく見かけるヒメゲンゴロウ Rhantus suturalis、本種はヨーロッパ、中央アジア、インド、東南アジア、オーストラリア、ニュージーランドにいたるまで広く分布することが知られています。最近の分子系統解析の結果は、ヒメゲンゴロウの起源はニューギニア島の高地にあることを示しているそうです。数百万年前にニューギニアの高地で分化したヒメゲンゴロウが、95から160万年前にヨーロッパや東アジアへ分散し、一方で90万年前以降に東南アジアやオセアニア地域へと再び分散したという経路を推測しています。
ヒメゲンゴロウが熱帯の高地からやって来たとは思ってもみませんでした。
*1 ヒラタメヒメンゴロウ属Colymbetes、タマケシゲンゴロウ属Hydroporus、スジヒメガムシ属Hydrobius
*2 固有種のオガサワラセスジゲンゴロウの他、コガタノゲンゴロウ、ハイイロゲンゴロウ、ヒメゲンゴロウも記録されています。