熱帯ほど植食性昆虫の寄主植物特異性は高いか?

 植食性昆虫の寄主植物特異性が高いとは、餌として利用する植物の種数が少ないことを意味します。つまり究極には1種類が最も高い寄主特異性です。古くから、熱帯の植食性昆虫ではこの寄主特異性が高いと言われてきました。


 しかし熱帯ではイチジクのような近縁種を多く含む属が広く分布しているため、単一の樹種のみを食べる植食性昆虫は従来考えられてきたよりも少ないのではないか、という研究がありました(参考)。これは、ニューギニア島の熱帯林(東南アジア熱帯)で膨大なサンプリングと飼育を行った信頼性の高いデータに基づいています。しかし、熱帯林といっても、新熱帯(アメリカ大陸)、アフリカ熱帯など、いろいろなタイプの熱帯があります。ニューギニア島だけで熱帯林を代表して良いのでしょうか。


 新熱帯のコスタリカパナマ(中米)では、ニューギニア島のプロジェクトがスタートするよりもずっと以前から、植食性昆虫の寄主植物データが集積されてきました(例えば:http://janzen.sas.upenn.edu/)。これと、北米大陸(温帯)で蓄積されたデータとを比較し、新大陸での温帯林と熱帯林での比較が行われています。


 新大陸において南緯15度から北緯55度にわたる8カ所(カナダ北緯47度、コネチカット北緯41度、アリゾナ北緯32度、ルイジアナ北緯31度、ブラジル南緯15度、コスタリカ北緯10度、パナマ北緯9度、エクアドル0度)で、鱗翅目(チョウとガ)幼虫の長期(5年から20年にわたる)サンプリングと飼育データによって、それらの寄主植物の幅(種数、属数、科数)を比較した。


 結果、緯度が増加するにしたがい、植食性昆虫の種あたりの寄主植物の種数、属数、科数ともいずれも増加する傾向があった。また、(比較可能なほど)種数が豊富なシャクガ科、ヤガ科、アゲハチョウ科、ヒトリガ科で比較しても、種あたりの寄主植物の種数、属数、科数は温帯より熱帯で少ない傾向があった。


 さらに寄主植物の種間でのガ類の回転率(この値が高いと寄主植物の種間で共通するガ類が少ない、つまり寄主植物特異性が高い)は、緯度の減少とともに増加していた。


 以上のように温帯より熱帯の方が鱗翅目幼虫の寄主植物特異性が高い傾向があった。これは、熱帯の植物が温帯の植物よりも化学防衛力が強いこと、また熱帯の方が天敵による捕食圧が高いことが、植食性昆虫の寄主植物特異性を増加させる要因となっている野だろう可能性がある。


文献
Dyer et al. 2007. Host specificity of Lepidoptera in tropical and temperate forests. Nature 448: 696-699.


 Erwinの「熱帯林節足動物種数推定」論文はコスタリカ(新大陸熱帯)、Novotnyグループの「改訂・推定種数)論文もニューギニア島(東南アジア熱帯)のデータによるものです(参考)。調査方法自体が異なるものの、そもそも新熱帯と東南アジア熱帯では多様性のパターンやその創出メカニズムが根本的に違うのではないか、という疑問も新たに生まれてきます。