地球上には何種類の生物が生息しているのか?

 地球上に何種類の生物がいるのでしょう。

 答え:わかりません。


現在名前がつけられているだけで百数十万種類と言われていますが、名前もついていない種類がどれだけ生息しているかわからないからです。しかし、推定は可能かもしれません。Terry L. Erwin という昆虫学者は、熱帯林に生息する虫の種数が極めて多いのに着目し、パナマ(中米)における1種類の木から採集した甲虫の種数を調べて、その値から熱帯林全体での節足動物の種数を推定をしました。


 生態学では有名な話ですが、せっかくなのでこの推定値を原著論文にあたってみました。わずか2ページの論文です。


 パナマの熱帯林において、シナノキ科のLuehea seemanniiという樹種19本の樹冠からフォギングによって合計約1200種の甲虫(鞘翅目)を採集した。682種が植食性で、296種が捕食性、69種が菌食性、96種が腐食性だった。このうち、L. seemanniiという樹種だけに見られるスペシャリスト種を推定した。熱帯林での寄主植物特異性に関するデータはないので(当時)、植食性では20%(仮定)、捕食性では5%(仮定)、菌食性では10%(仮定)、腐食性では5%(仮定)とすると、L. seemannii樹冠では合計162.9種がスペシャリストであると推定された。世界の熱帯樹は合計5万種とし(推定値)、樹冠に生息する種が森林全体の2/3を占めるとし(仮定)、さらに甲虫が全節足動物の40%の種を占めるとすると(推定値)、


162.9 × 50,000 × (100/40) × (3/2) = 30,852,273


 世界の熱帯林にはおよそ3千万種の節足動物が生息すると推定される。


文献
Erwin TL (1982) Tropical forests: their richness in Coleoptera and other arthropod species. The Coleopterists Bulletin 36: 74-75.


 特定地域のわずか1樹種のデータから推定するという思い切りの良い論文です。甲虫の専門誌に発表された論文にもかかわらず極めて多くの論文に引用され、Robert MayやEdward Wilsonといったビッグネームの論文や著書にも丁寧に紹介されています。


文献
May RM (1988) How many species are there on earth? Science 241: 1441-1449.


Wilson EO (1993) The Diversity of Life 邦訳書エドワード・ウィルソン著「生命の多様性」


 ただし、Erwinの論文は多くの仮定や推定値を用いているので、これらの仮定が少しでも変わるだけ推定種数は大きく変動します。例えば、Erwinは植食性昆虫のスペシャリストの割合を20%と仮定しましたが、これを10%にするだけで推定値は1800万種に激減してしまいます。また樹種あたりの種数が甲虫だけで1200種というのも多すぎる気がします。フォギングと呼ばれる採集方法は、殺虫剤を使って樹冠節足動物を落とし、林床にシートを敷いて回収する方法なので、近隣の別樹種からの誤採集の可能性もあります。いずれにしても、計算の前提となっている推定値を実測するには、ある地域に生育するすべての樹種を調査する必要があるなど、とても労力がかかりそうです。ところが、そんなとんでもない調査をニューギニアの熱帯林で近年やりとげたという論文が発表されています。


 ニューギニア島において、51種の寄主植物を食べる900種以上の植食性昆虫の採集と飼育を大規模に行いそれらの記録データを解析した。その結果、多くの植食性昆虫は、近縁な(同じ属の)複数の種の寄主植物を食べていた。非常に多くの種数を含む巨大な(植物の)属が熱帯林を優占するため、単一の樹種を利用するような単食性の植食性昆虫は稀なのかもしれない。例えば、イヌビワ(イチジク)属(Ficus)は多くの種数を含む巨大な属で、イヌビワ属を専門に食べる植食性昆虫は多くいるが、単一の種を利用する種はほとんどいない。これらの結果は、従来のErwinによる種数推定値にも強い影響を与えうる。鞘翅目(甲虫)と鱗翅目(ガ・チョウ)を使って3つの推定値を出した。


(1)ニューギニアの調査地において、樹種あたりの植食性甲虫の平均種数は32.9種(実測値:Erwinの値682種よりはるかに小さい)、スペシャリストの割合は24%(実測)、植食性昆虫以外のスペシャリスト種数は32.9 × 0.2種(Erwinの値を使用)、節足動物の中で甲虫が占める種の割合は23%(他の文献からの推定値)、樹冠に生息する種が森林全体の42%を占めるとし(他の文献からの推定値)、熱帯樹種数を5万種(Erwinの推定値)とすると、


32.9 × (24/100) × 1.2 × (100/23) × (100/42) × 50000 = 4,904,349


(2)樹木の種数よりも属数の方がより適している可能性があるため、世界の熱帯樹種数のかわりに、ニューギニア島における樹木の属数1872(実測値)、そしてニューギニア島の種数が世界の種数の5%であるという推定値(いくつかの分類群から推定)を使うと、


32.9 × (24/100) × 1.2 × (100/23) × (100/42) × 1872 × (100/5) = 3,672,376


(3)鱗翅目で(2)の計算方法で行う。樹種あたり鱗翅目平均種数は30.8種(実測)、スペシャリストの割合は0.51(実測)、植食性以外の種数は0(鱗翅目はほぼすべてが植食性)、節足動物の中で鱗翅目が占める種の割合は10%(推定値)、樹冠に生息する種が森林全体の100%を占め(実測値)、ニューギニア島における樹木は1872属数、ニューギニア島における種数が世界の種数の5%であるという推定値を使うと、


30.8 × (51/100) × 1.0 × (100/10) × (100/100) × 1872 × (100/5) = 5,881,075


 以上の結果より、世界中の熱帯林に生息する節足動物の種数は、Erwinによる推定値3,100万種より、400-600万種へと大きく減少する。


Novotny et al. (2002) Low host specificity of herbivorous insects in a tropical forest. Nature 416: 841-844.


 長くなりましたが、熱帯林に生息する虫の推定種数は、数百万種というのがとりあえずの結論です。虫以外の生物や熱帯林以外の種も考えると、地球上の生物種数はもっと多くなるかもしれませんが、節足動物の種数の推定誤差に入る程度かもしれません(つまり一千万種はこえない?)。