名前も未だついていない節足動物の種数は膨大です。いちいちニュースにもなりませんが、毎日のように新種が発見され新たに記載されています。いつになったら全生物種のカタログは完成するのでしょうか。
そもそも、「地球上には何種類の生物が生息しているのか?」という素朴な疑問にさえもなかなか科学者は答えられませんでした。
Terry Erwin がはじめて種数の推定を試みたのが1982年の論文でした。Erwin によればおよそ3000万種もの節足動物が熱帯林に生息していると推定しました。この推定値をめぐって、その後多くの議論が行われたのですが、Erwinが用いた多くの仮定や推定値について、信頼に足るデータが当時はほとんどありませんでした。Robert May は、1990年の総説の中で地球上の種数に関してさまざまな視点から検討しましたが、種数推定の前提となる確たるデータの乏しさに途方に暮れていた印象があります。
その後、Vojtech Novotny や Yves Basset らによるニューギニア島での精力的な調査によって、Erwinが使った推定値や仮定について多くのデータが蓄積されつつあります。Nature や Science などに掲載されたいくつかの論文によって、Erwin の値はかなりの過大推定であることが示唆されつつあります。
最近、American Naturalist 誌に詳細な推定値に関する論文が発表されたことをうけ、かの May も Science 誌上で久しぶりに世界の種数について言及しています。
新たに発表されたHamiltonらの論文では、主にニューギニア島でのデータを使って、Erwinの推定値を詳しく検討しました。
例えば、Erwinは樹冠の節足動物のうち40%の種数を甲虫類が占めるとしましたが、Hamiltonらの推定は25から66%の間でかなり近いものでした。
また、Erwinは熱帯樹種数を50,000種としましたが、Hamiltonらは43,000種から50,000種と推定し、これまた近い値でした。
しかし、Erwinは特定の樹種に生息するスペシャリストの種数を推定していますが、ニューギニア島56樹種のデータによれば、スペシャリストの種数はErwinの推定よりもずっと少ないことを示唆しました。
Hamiltonらは二つのモデルを使って改めて種数を推定したところ、それぞれのモデルから得られた中央値は370万種(90%信頼区間は200万ー740万種)と250万種(90%信頼区間は110万ー540万種)を示しました。Erwin が推定したような3千万種以上である確率は、10の5乗分の1よりも小さいそうです(つまり、3千万種以上というのはありえないということ)。
リンネの命名法の採用以来250年間で、約85万5千種の節足動物が記載されてきたそうです。上の推定値370万種と250万種からすれば、まだ66ー77%の種が記載されていないということになります。
May RM (2010) Tropical arthropod species, more or less? Science 329: 41-42.
参考ページ(Erwinらの論文の詳細など)
地球上には何種類の生物が生息しているのか?
この250年の記載されてきた同じペースで記載が進むとすれば、すべての節足動物の種を記載し終えるのに、あと480から832年かかることになります。仮に年間1万種記載していくとしても164から285年もかかってしまいます*1。これぐらい途方もない時間がかかるとすれば、その頃には熱帯林はおろか人類がどうなっているかも想像がつきません。