査読という仕事

 米国では、publish or perish、と言われるほど、研究者の仕事として論文を出版することは重要なことです。日本でももちろん、研究費を使って得たデータに基づき、論文を書き、さらにその成果に基づいて研究費を申請します。よって、研究費獲得とその成果たる論文出版は、研究を進めていく両輪といえる重要な作業です。


 一方で、論文は、それぞれの分野の専門誌や科学一般の雑誌に投稿して、審査を受け、価値が高いと判断されると掲載されます。この審査というのは、通常、同分野の研究者による査読(peer review)と呼ばれます。


 では、この査読者(reviewer)というのは誰が決めるのかというと、それぞれの雑誌を運営する編集者たちです。通常、編集長(editor-in-chief)のもと、幾人かのsubject editorや、managing editorと呼ばれる編集者たちが行います。編集者を専門に雇用している雑誌もありますが、多くの専門誌は現役の研究者が務めていることが多いようです。大変な業務なので、編集者であることが名誉であるとみる傾向が最近特に強いように感じます。どういう体制かは、雑誌のウェブサイトを訪れてeditorialをみると書いてあります。


 近年、論文は通常、インターネットを通じて、作成した論文のファイルをアップロードすることによって投稿が行われます(または直接編集者に電子メールで送るか、プリントアウトした論文を郵送で送る)。インターネットによる投稿を行うと、自動的に受付の電子メールが届き、受付番号が知らされます。次に編集長か他の編集者が投稿された論文を読んで(眺めて)、その雑誌にふさわしい内容かをチェックします。掲載が難しいとされる競争率の高い雑誌は、この段階で掲載が断わられることが多いようです(reject without reviews)。このチェックが完了すると、次は査読者を選定します。最近の雑誌では、著者がどの査読者に読んでほしいか、もしくは読んでほしくないか、を記入できるので、それに基づいて決められることも多いようです(もちろん読んでほしくない人に回ったり、全く違う人に回されることも多い)。通常の雑誌で2人または3人が選ばれます。査読者は、著者には明かされないことが多いですが、査読者自ら署名を入れて名乗ってくる場合もあります。


 インターネットの画面で自らの論文のstatusを確認しましょう。投稿するとまず、ウェブ上では「submitted」となり、編集者が論文をチェックしはじめると「editor assigned」、そして査読者に回ったら「under review」となります。もちろん、この表記法は雑誌によって多少変わります。ともあれ、「under review」になるとひとまず安心、というのが一般的でしょう。その後、早い雑誌だと1ヶ月以内、普通で、2,3ヶ月、遅い雑誌なら半年以上たって、査読者によるコメントとそれに基づいた編集者の判断がインターネットと電子メールを通じて知らされます。


 編集者から送られてくる結果は、掲載お断り(reject)、わずかな修正後受理(minor revision)、大幅な修正後受理(major revision)、受理(accept)のいずれかで知らされます。ただ、最近は、大幅な修正を必要とする場合(major revision)は、とりあえずrejectするので、もし修正したら新規投稿として送ってください、というものも多いようです。いずれにしても修正して再投稿する場合も上記と同様の過程(インターネット投稿)を繰り返すわけです。


 さて、研究者は論文を書くのが重要である一方、論文を査読するのもまた、重要な仕事といえるでしょう。なにせ、少なくとも論文数×2という数の査読者が存在しているはずですから(rejectなども考慮すれば論文数よりのべ査読者数の方がずっと多いはず)。科学研究の発展のためには、すべての研究者が、この査読業務を行わないと研究の世界が回っていきません(通常ボランティア、たまに査読料を支払ってくれる場合もあり)。ちなみに現在所属している研究室のRさんに、年間何本の査読をこなしているかを伺ったところ、多いときで60本近く、通常、30から40本くらいをこなしているとか(一ヶ月あたり2から5本)。周囲(ハワイ大)のポスドクで10本から20本くらいのようです。


 さて、投稿したものの「under review」のままずっと音沙汰がない場合はどうしたら良いのでしょうか。査読者がなかなか返事を返してこないという可能性が大きいでしょう。どの研究者も日々の仕事に追われていて、やるといった査読の仕事を忘れてしまう人も多いものです。とはいえ、どこかでお伺いのメールを編集部に送りたいところです。通常雑誌には、平均どれくらいの期間で最初の決定(first decision)がなされるかを宣言しているので、それをもとに、大幅に遅れているようならメールを送ってみても良いかもしれません。何も宣言していない雑誌の場合は、どれくらいになるのかよくわかりませんが、4,5ヶ月たっていたらさすがに遅いので出しても良いとは思います。では、「editor assigned」のまま放置・・・というのはどうでしょうか。


ようやく、今日の本題に入りました。渡米前に日本から投稿した論文がずっと「editor assigned」のまま年を越したので(3ヶ月以上経過)、そろそろ編集部に事情を伺ってみましょうかと、電子メールを送ったのが先週のことでした。


その後、編集部から、「あなたの論文は今編集長がチェックしています。彼の判断を待ってください。」とつれない返事がありました。その後、昨日、今度は編集長自らが電子メールを送ってくれました。編集長は、なんと、島の平衡理論の実証で知られる著名な生態学者D.S.さんでした(投稿した時の編集長は別の人だった)。恐縮しつつも、読んでみると、「あなたの論文の査読者を探すのにとても難航していますが、現在取り組んでいるところです。」とのこと。単なる言い訳ともとることができますが、今回の論文のテーマで研究している人は極めて少ないのは確かです。たとえ見つかったとしても、忙しいを理由に査読を断る研究者が多いのも事実です。


 「かのD.Sさんが編集長だから、きっと忙しくて、論文が返ってくるまでさらに時間がかかりそう・・・」とRさんにぼやいてみたのがついさっきの昼食時の話です。


 ようやく最後のオチまでやってきました。ここまで長い文章を読んでくださった人がいれば感謝申し上げます。


昼食後RさんのもとにD.S.さんから電子メールが届きました。「この論文を査読してもらえませんか。」


Rさん曰く、

Small world!


続く