侵略的外来種とは

 外来種問題でしばしばよく耳にする「侵略的外来種(invasive alien species)」とはどういう外来種を指すのか。


一般には、自然(在来)生態系や人間活動に強い影響を与える外来種のことを言います。しかし、科学者が一般的に使っているにもかかわらず、定量的な測定によって「侵略的外来種」を厳密に定義しているわけではありません。


このような曖昧な定義は、「侵略的外来種」に限らず、多くの科学の専門用語にみられます。たとえ一部の研究者が厳密に定義したとしても、他の研究者が「ゆるい定義」でさまざまな文脈で使うことで、結局定義が曖昧になっていくことが多いでしょう。


 最近でこそ「外来種問題」という言葉が頻繁に取りざたされていますが、「外来種」は昔からさまざまな問題を引き起こしていました。たとえば、農業害虫や人畜感染病は外国からもたらされたものが多いでしょう。つまり最近になって、人間の食や衛生へ与える影響だけでなく、人が生活する自然環境や原生自然に与える影響にも注目されるようになったということです。


 さて、「侵略的外来種」という定義が曖昧とは書きましたが、国際保護連合(IUCN)では、各分類群の専門家グループによって、世界で最も深刻な被害をひきおこしている「侵略的外来種」を100種ピックアップして注意を喚起しています*1。生態系や人間活動に影響を与えるようになって初めて「侵略的な」外来種であることがわかります。つまり、現在の知見では、将来「侵略的外来種」に指定される種を予測することは困難です。しかし、世界の複数地域で問題を引き起こしている侵略的外来種が侵入していない地域も存在しますので、こうした種をリストアップして注意を喚起するのは大事なことだと思います。これは、学問的な意義付けというよりも、研究者を介して世界各国の行政に向けた注意喚起といえます。外来種は一国の問題ではなく、人や物の移動の国際化が進んだ現在では、世界的に取り組む必要のある問題でもあるわけです。


100 of the World's Worst Invasive Alien Species

世界の侵略的外来種ワースト100(Wikipedia


 すでに侵略的な外来種を地域から取り除く(根絶)ことは非常に困難で、多くのお金が費やされます。しかし、その根絶に比べて侵入しないような取り組みは安価でより有効な手法でしょう。ところが、まだ問題が何も起こっていないところにお金を払うことを惜しむのが行政というものです。何かの問題が起こってはじめて巨額のお金を歳出するのが通常です。つまり、研究者が侵略的外来種の悪影響を説明し、このような外来種が侵入しないような方法を模索したり提案するのが大事になってくるわけです。


 世界の侵略的外来種ワースト100を考慮して、日本向けのワースト100も日本生態学会が指定しています(Wikipedia)。さらに、法律的に国内外の移動を制限する特定外来種を指定するようになってきました(参考:外来生物法)。これが、研究者を介して「侵略的外来種」について行政へ働きかけた一つの成果になっているといえるでしょう*2


 もちろん「侵略的外来種」の指定にかかわる問題も多くあると思います。厳密な定義がない分、研究者の経験や既存研究を公平に考慮して指定しなくてはなりません。特定の研究者の声が強く働き、そういったリスト作りに一定のバイアスが入ってしまいがちです。


 基礎科学研究者には、行政や法律にかかわるような研究を好まない人も多いかもしれませんが、応用科学の場合、上記のように世界的な流れを汲みつつ、行政的な問題にも関わっていかざるをえないといえます。

*1:ここでも「侵略的外来種」をすべての分類群に適用した厳密な定義は存在しません。もちろん、100種以外にも深刻な外来種は多くいますが、多すぎると注意喚起も効果がないため、ある程度広い分類群に分配したリストが作られたようです。

*2:外来種の場合持ち込まれていない状態が成功しているのであって、それが劇的な成果として認められにくいということがあるかもしれません。