海より陸上で生物の種数が多いのはなぜか?*1
この理由に関する仮説が、サイエンス誌にとりあげられていました。ネイチャーやサイエンスでは、原著論文、総説以外にも、ちょっとしたトピックについてライターが取材して書いている場合があって、具体的な引用文献がないのが個人的には不満ですが、一般向けに短くまとまっていて読みやすい記事になっています。
いまだに地球上に生物が何種いるかはよくわかっていません。さまざまな推定があるものの、誤差が大きすぎてオーダーさえも確かではありません(参考:地球上には何種類の生物が生息しているのか?)。とはいえ、海よりも陸上で種が多いのはよく知られています。例えば、Robert May(1994年)によれば世界中の種の85%が、Michael Benton(2009年)によれば多細胞生物の98%が陸上に生息しているそうです。
これは、生物多様性のホットスポットでも同じで、熱帯雨林1ヘクタールあたりに475種の樹木、25,000種の昆虫が生息しているのに対し(参考:なぜ熱帯に植食性昆虫が多いのか?)、サンゴ礁1ヘクタールには600種の魚と200種の藻類が生息しているにすぎません。
とはいえ、もともとは海で生息していた生物が陸上にあがり進化してきたことを考えれば、海での生物進化の歴史は古く、より多くの種がいてもおかしくはありません。実際、4億年前くらいには、海の方が陸上よりも種数が多かったと考えられています。いつの時代に種数が逆転したのでしょうか。
2010年1月にワシントンで開かれた学会(The Society of Integrative and Comparative Biology)で、UC Davisの研究者である Richard Grosberg と Geerat Vermeij がこの理由についてある仮説を提案、議論しました。
陸上では約1億1000万年前頃から被子植物が適応放散し、これにともない送粉者や、菌類、植食者もまた放散したことが重要だと彼らは考えました。共生関係や寄生関係は、「稀(まれ)な種」の存続を可能にし、これによって種数が増加したということです。つまり、送粉する方、される方、寄生する方、される方で、スペシャリストが進化してきたことが重要というわけです。
では陸上での多様性増加の引き金は何だったのでしょうか。GrosbergとVermeijが注目したのは、2009年2月に英国王立協会紀要上で Kevin Boyce らが発表した論文でした。
Boyce らは、化石種および現生種にかかわらず、シダ植物、裸子植物、被子植物の多くの種について葉脈(leaf vein)の密度を調べました。その結果、シダ、裸子植物、初期の被子植物では(化石および現生にかかわらず)葉面積あたりの葉脈密度が低いことを発見しました(葉1mm平方あたり平均2mm)。つまり葉脈密度が高いのは被子植物に固有の形質だったというわけです(葉1mm平方あたり平均8mm、ときに25mm)。また、葉脈密度が高いほど、蒸散速度や光合成速度が増加することが示されています。これによって、葉の量だけでなくバイオマス全体を増加させることにつながります。この被子植物に特有の高い葉脈密度によって、この1億年間の被子植物の繁栄ぶり、つまり現在でいう熱帯林での被子植物の隆盛の原因となっているというわけです。
被子植物の密な葉脈
まとめると
- 被子植物の出現と繁栄によって、同時に被子植物と共生関係、寄生関係をもつ生物の放散が起こった(稀な種、つまり多くのスペシャリストの種が進化し、存続可能になった)。
- 被子植物の繁栄には、固有の形質である葉脈密度の増加が関係していた。
それぞれはすでに知られたパターンや概念ですが、これを結びつけたところにこの仮説のユニークな点があると記者はまとめています*2。
文献
Pennisi E (2010) On rarity and richness. Science 327: 1318-1319.
本題と直接関係ないのですが、ここで紹介されていたヴァーメイ教授(Prof. Vermeij)、分野は違えど私でも名前くらいは知っている著名な海洋生態学、古生物学、進化生物学の研究者なのですが、(幼少時から)全盲だということを最近になって知人から聞いて驚きました。200本以上ある執筆論文の中には(参考)、貝の記載論文もけっこうあって、触感にしても、いかに形態を認識しているのか非常に興味深いところです。おそらく、全盲であるがゆえに肌で触れることで貝殻の進化に関する独自な仮説を思い至ったのでしょう。
書籍もたくさん出されていて、中でも「Privileged Hands: A Scientific Life(盲目の科学者―指先でとらえた進化の謎)」という自伝には逸話がたくさん盛り込まれていそうで、機会があったら是非読んでみたいところです(絶版ですが)。