博覧強記

 11月からずいぶん涼しくなった気がします。といっても、夜の気温で2度ほどさがったくらいですが(26℃)、日本でいう秋の夜長な良い気候です。去年の経験からいうと、気温はやや下がるもののこのまま初夏まで快適なまま移行するでしょう。つまり、読書をするには良い季節です。



 ダーウィンの「種の起源(上)」(光文社古典新訳文庫)を読み終えました。読み心地がよくて訳文や本の体裁(字の大きさや行間など)の大切さを感じます。さて、読み終えたといっても、前半(訳本の上巻)だけです。しかし、ダーウィンの提唱する仮説「自然選択(自然淘汰、Natural Selection)」の核心部が含まれています。



全14章あるうちに7章です。


第1章 飼育栽培下における変異
第2章 自然条件下での変異
第3章 生存闘争
第4章 自然淘汰
第5章 変異の法則
第6章 学説の難題
第7章 本能


 ダーウィンは仮説を述べるにあたって、抽象的な言い方だけではなく、その根拠となる事例を紹介しています。その事例には、家畜や栽培植物から、野生動植物まで、実にさまざまな生物が登場します。日本ではあまり馴染みのない飼いバト品種や、節足動物の蔓脚類(まんきゃくるい)の例が多いのは、ダーウィンが実際飼育実験を行ったり、記載分類を行っていた生物であるためです。ともあれ、これだけさまざまな事例に精通しているダーウィンを知ると「博覧強記」という言葉を思い起こします。


また、ダーウィン以前にも進化論はいくつかあったわけですが、彼は自身の仮説を提示すると同時に、反証可能性を述べている点で「進化」を「科学」という皿においたという意味で革新的だったのではないでしょうか。自身の仮説の反論となりうる事例も紹介しているところが慎重かつ誠実でしょう。


すべてのページが生物学研究の予言書のように、この150年に話題となった研究のアイデアと思えてきます*。これは、あえてダーウィンの説にのっとって研究されてきたのか、はたまたダーウィンとは別に明らかになった内容が偶然一致しているのか、おそらく両方があるとは思うのですが、ともかくもすべての記述が深淵といえるでしょう。


気になるところは原文で簡単に確認できます。以前もふれたように、オンラインでデータベース化されており、原著のPDFファイルだけでなく、HTMLテキストでも全文にアクセスできるし、単語での検索も可能という便利さ。論文や書き物に、「種の起源」の一節を添えてみる、というのは西洋のインテリ研究者の基本です(参考:外来植物に関するダーウィンの仮説)。


The Complete Work of Charles Darwin
http://darwin-online.org.uk/
1859年の初版のテキストは以下のページ
http://darwin-online.org.uk/content/frameset?itemID=F373&viewtype=text&pageseq=1


読みながらメモを作成していましたが、優れた読書ノートがすでにウェブ上にありました。


shorebird 進化心理学中心の書評」では、八杉龍一訳の「種の起原」についての読書ノートを公開されています。
種の起源ノート その1:ダーウィンの「種の起源」 第1章〜第3章
種の起源ノート その2:ダーウィンの「種の起源」 第4章
種の起源ノート その3:ダーウィンの「種の起源」 第5章
種の起源ノート その4:ダーウィンの「種の起源」 第6章


 読後にこのノートを読むと「なるほど」と思うところもあって勉強になります。微妙に関心や専門が異なれば目をつけるところも違うので、いろいろな人のノートを見ることで理解が深まるのかもしれません。特に、さまざまな事例を述べてその要因を考察するにあたっては、進化学だけでなく、遺伝学や発生学、生態学など、さまざまな分野に関連する知見が頻出します。ダーウィンの「種の起源」をたたき台にインターネット上に検証ページが作られてさまざまな専門家によるつっこみができれば、非常に有益かもしれません。それだけ、ダーウィンの扱った分野は広く、個々の専門家すべてがその意味するところや現在での解釈を網羅することはできないからです*。


他に、「種の起源」を読むにあたってのノートというか解説書として以下のものがあるようです。下巻を読んだあとに読んでみようかな、と思っています。


ダーウィン『種の起源』を読む



 出版社のページによると、「種の起源(下)」(光文社古典新訳文庫)は2009年12月8日のようです。楽しみです。



ダーウィンが提示した仮説や事例には、現在では否定されたり訂正されたものも少なからずあります。訳本では最低限の訂正がなされているだけですが、より深い検討や考察については日本語でなされたものは多くはないようです。