ハワイの珍奇なる虫たち(3)カザリバガの驚くべき生態と多様性

 ハワイの珍奇なる虫として、(1)肉食しゃくとりむし(2)爪で獲物を狩るクモについて紹介しました。


 今回もまたガの幼虫の話です。


 ハワイには、一種の祖先から驚くべき種数へと放散した生物が知られています。これまでに紹介したロベリアハワイマイマイもその例にあたります。しかし、それらの種類よりも圧倒的に多いグループがあります。それが、ハワイカザリバガ(Hyposmocoma)です。カザリバガ科(Cosmopterigidae)というガの仲間は、体長数ミリの目立たない小型のガ類ですが(日本にも分布します)、Hyposmocomaというハワイ固有の属には知られているだけで350種、実際は800種か、もっと多いのではないかとも言われています*1。幼虫は、自ら糸で作ったケース(またはコーン)に入って生活しています(広い意味でいえばミノムシと同じようなケース)。


 そんなハワイカザリバガが驚くべき生態を持っていることが近年になってわかってきました。


 マウイ島で見つかったハワイカザリバガの一種 Hyposmocoma molluscivora は、なんと小型のカタツムリ(ハワイマイマイ科の小型種)を吐糸を使って(落ちて逃げないように)葉に固定し、軟体部を捕食していた。またこの種は植物など他の餌を与えても食べず、カタツムリのみを捕食した。


文献
Rubinoff D, Haines WP (2005) Web-spinning caterpillar stalks snails. Science 309: 575.*2


Rubinoff D, Haines WP (2006) Hyposmocoma molluscivora description. Science 311: 1377.*3


 ハワイハエトリナミシャクで解説したように、しばしば肉食のガ類は知られていますが、カタツムリを食べるのは初めてとのこと。ハワイカザリバガは、地位類、コケ類、リター、樹皮など、それぞれを食べる種がいます。そのメニューの一つしてカタツムリが加えられたというわけです。特に、ハワイでの(元々の)カタツムリの豊富さを考えれば、それほど不思議なことではないのかもしれません。しかし、個人的に興味深いのは、ガの幼虫が吐くシルク(吐糸)は、葉を綴る、巣や蓑を作る、繭を作る、分散、命綱に使うなどの用途がこれまで知られていましたが、これに、獲物を捕らえるという新たな使用法が加わった点でしょう。


タツムリを襲うハワイカザリバガの幼虫
http://pharyngula.org/index/weblog/comments/hyposmocoma_molluscivora/



 そんな、ハワイカザリバガですが、なんと別の種は、水中生活をしているということが最近わかってきました。


 ハワイカザリバガの一種 Hyposmocoma saccophora にはこれまでこの科としては知られていない水中生活(渓流の水面下で蛹化)を行っているのが見つかった。この種はオアフ島に固有だが、この種群(H. saccophora species group)は各島に分布しており、それらの分子系統解析を行った。古い島(北西ハワイ諸島 Necker Island:起源1100年前)から採集された種は、最も基部に、そしてより新しい島であるハワイ主要島から採集した種は比較的最近分化していたことがわかった。いわゆる ‘progression rule’ に従っていた。さらに、Necker Island では、幼虫は陸上生活をしており、水中生活はハワイ主要島など比較的最近になって進化してきたか、もしくは乾燥したNecker Islandで二次的に失われたのかもしれない。


文献
Rubinoff D (2008) Phylogeography and ecology of an endemic radiation of Hawaiian aquatic case-bearing moths (Hyposmocoma: Cosmopterigidae). Philosophical Transactions of the Royal Society B 363: 3459-3465.


 水中生活をするガ類というのは、ミズメイガ類なども知られているし、極めて珍しいというわけではありません。もともと、カザリバガの属する鱗翅目(Lepidoptera)に近縁の毛翅目(トビケラ目Tricoptera)の幼虫が水中生活では有名ですが、ハワイには在来のトビケラはいません(カゲロウも、カワゲラもいません)。そのニッチに、カザリバガが進出しているところがおもしろいところです。また、上記の種群はハワイカザリバガ全体のほんのわずかな割合にすぎず、その起源は、主要ハワイ島が形成されたよりもずっと古いところにありそうです(もちろん一種の祖先種から分化したと考えられており、上記の論文のデータでも示唆されていました)。



ハワイカザリバガの多様性(成虫と幼虫が背負うケース、水中生活の生態など)
http://www.ctahr.hawaii.edu/rubinoffd/rubinoff_lab/projects/Hyposmocoma/hyposmocoma.htm




*1 以前紹介したイグアナの糞を食べるガを発見したPさんは、現在ハワイカザリバガの新種記載をコツコツと進められているそうです。


*2 知り合いから、カタツムリの殻の中に入って食べている虫がいると手渡されたものを元に調べて行った結果、このような食性の発見につながったようです(著者談)。その発見がなかったら、おそらくHyposmocomaの生態や記載の仕事は未だ行われていなかったでしょう。そういう意味で発見は大事です。ハワイには未だ生態がわかっていない生物がたくさんいます・・・。


*3 ハワイカザリバガのカタツムリ捕食を発見した論文は、新種記載を含む内容で、当初記載文はOnline materialに含められていましたが(ウェブ上でのみ閲覧可能)、国際動物命名規約上、新種として認められないため、再度Science誌上に掲載されたとのこと。二つめの論文は、なんとたんなる新種(1種)の記載のみ(しかもonlineですでに発表されていた同じ内容)。Scienceに新種記載論文が載るなんて、新目 Mantophasma(カカトアルキ目)の記載以来かもしれません。なお、国際動物命名規約については、現在、オンラインでの新種記載を認めるようにするかどうか、意見収集が行われている模様です。

http://www.iczn.org/electronic_publication.html