ヘッピリムシの護身術

 「ヘッピリムシ」ことミイデラゴミムシという昆虫がいます。江戸時代には「行夜(こうや)」という名称で、別名「へひりむし」「へこきむし」と呼ばれ、その後「三井寺はんめう」「ミイデラゴミムシ」と呼び名が変遷してきたことが知られています。

 

「へっぴりむし」や「へこきむし」の名前からわかるように、お尻の先端から「ぷっ」と聞こえるほどの音でガスを噴射します。この行動は古くから知られており、江戸時代の絵巻物「放屁合戦」があった滋賀県三井寺にちなんで「ミイデラ」という名前がついたと推測されています。

 

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さて、そんなミイデラゴミムシですが、オナラをする昆虫として、古くから昆虫図鑑や子供向けの本に必ず登場します。ミイデラゴミムシが所属するオサムシ科ホソクビゴミムシ族(Brachinini)には世界に数百種が分布し、多くの種がオナラをします。ホソクビゴミムシ類は、腹部内に貯蔵されたヒドロキノン過酸化水素をある種の酵素で反応させ、高温の水蒸気とベンゾキノンとして腹部先端から発射します。その熱はしばしば100℃に達するため、「爆撃虫」として英語では「ボンバディア・ビートル(bomberdier beetle)」と呼ばれています。

 

 ホソクビゴミムシ類がオナラをする意義として、天敵から身を護るためであることは国内外でよく知られています。例えば、1898年の「昆蟲世界」という昆虫学雑誌に、ミイデラゴミムシがハサミムシをオナラで倒したという観察例が報告されています。おそらく、いろいろな人がミイデラゴミムシのオナラを目撃してきたことと思います。しかし、文献を調べてみても、ミイデラゴミムシについては上記のような観察例はほとんどありませんでした。

 

そこで、ミイデラゴミムシを実際に天敵に襲わせる実験が行われました。ミイデラゴミムシは飛翔能力がなく、地面を這って生活します。地面で最も出会いやすく、実験室でも飼いやすい天敵としてカエル類が使用されました。ヒキガエル類(ニホンヒキガエルとナガレヒキガエル)とトノサマガエルです。 以下の動画を御覧ください。

 


ミイデラゴミムシはヒキガエル体内から脱出可能/Successful escape of bombardier beetles from inside toads

 

 ヒキガエル類は素早く舌でミイデラゴミムシを捕らえ口に入れてしまいました。捕食された直後に体の中から微かに「ぷっ」とオナラの音がするもむなしく飲み込まれました。ところが、一部の個体は数十分後、長くて1時間半後に、ミイデラゴミムシを吐き出しました。驚いたことに、吐き出されたミイデラゴミムシはヒキガエルの粘液でべとべとでしたが、元気に生きていたのです。

 

その後、さまざまなサイズのヒキガエルに襲わせたところ、いずれのヒキガエルもミイデラゴミムシを飲み込みましたが、小型のヒキガエル(幼体)ほど吐き出すことが多いことがわかりました。ヒキガエルの成体は吐き出さずミイデラゴミムシを無事消化していました。ミイデラゴミムシの方も、小型よりも大型ゴミムシの方が生きて吐き出される傾向にありました。

 

 ミイデラゴミムシはピンセットで刺激を与えオナラを出させた後も、さらに刺激を続けると何度かオナラをして、最終的にはガス切れになってしまいます。体内の防御物質がなくなったものと思われます。ガス切れ前と後とで体重を測定したところ、防御物質は多い個体で体重の10%も占めていました。

 

ガス切れのミイデラゴミムシをヒキガエルに食べさせると、小型個体、大型個体にかかわらず、ほとんどヒキガエルは吐き出すことはありませんでした。つまり、ミイデラゴミムシはヒキガエルの体内でオナラをすることで嘔吐をひきおこしていることがわかりました。

 

 カエル類は一般に、食道や胃を反転させて口外に出すことができます。これによって、有毒昆虫を吐き出すことができるわけです。ミイデラゴミムシは高温でかつ有毒なオナラをすることで、ヒキガエルに嘔吐を引き起こしました。ただし、食道や胃を反転するにはコストや時間がかかるため、嘔吐までの時間が長くかかった可能性があります。一方でヒキガエルの大型個体(成体)は毒耐性が強く、ミイデラゴミムシを吐き出さずに消化できたのでしょう。

 

 このように、ヒキガエル類の成体にとってはミイデラゴミムシは餌として利用できるものの、幼体や若い個体の一部はミイデラゴミムシのオナラに耐えきれず吐き出すことがわかりました。しかも、ヒキガエルの消化管内で長時間生存できる耐性を備えていました。

 

 次に、ヒキガエルより小型のトノサマガエルではどうだったのでしょうか? 以下の動画を御覧ください。

 


ミイデラゴミムシのトノサマガエルに対する防衛/Anti-frog defences of a bombardier beetle

 

 ヒキガエルの全個体がミイデラゴミムシを一旦は飲み込んだのに対し、トノサマガエルはほとんどの個体が飲み込む前に攻撃をやめるか、たとえ口の中に入れたとしてもすぐに吐き出すことが観察されました。

 

口の中に入れたミイデラゴミムシがオナラをすることで、トノサマガエルが「オエッ」と吐き出すのは予想通りでした。しかし、多くの個体が口の中に入れるよりも前、つまり舌でミイデラゴミムシの体に触れたとたんに攻撃をやめたのです。どうも、オナラをする前に攻撃をやめているようです。この原因についてはまだ確実な証拠は得られていませんが、 ミイデラゴミムシの体表に付いた防御物質を舌で感知して反射的に攻撃をやめているのではないかと考えられています。

 

 夜に田んぼの畦を訪れるとミイデラゴミムシがたくさん見られます。ちょっと触っただけでも「ぷっ」とオナラをされる経験から、「もしカエルが口の中に入れたらどうなるのだろう?」という小学生並みの発想から生まれた研究でしょう。ミイデラゴミムシにとっても、カエルにとっても大変迷惑な実験だったでしょうが...。

 

 文献

 

華渓生(1898)ヘコキムシ、ハサミムシを斃す. 昆蟲世界 2: 24–25.

 

八尋克郎(2004)ミイデラゴミムシの語源. 地表性甲虫談話会会報 1: 2–6.

 

兼久勝夫(1996)オサムシ科とクビボソゴミムシ科の防御物質の分泌. 岡山大学資源生物科学研究所報告 4: 9–23.

 

Sugiura S, Sato T (2018) Successful escape of bombardier beetles from predator digestive systems. Biology Letters 14: 20170647.

 

Sugiura S (2018) Anti-predator defences of a bombardier beetle: is bombing essential for successful escape from frogs? PeerJ 6: e5942.
 

 

記事

ナショナルジオグラフィック・ニュース「カエルの胃腸を「屁」で攻撃、嘔吐させる虫を発見」(2018年2月9日)