なぜ「偽の眼」が進化してきたか

 イモムシの「眼状紋」についての論文を読んでみました。


 眼状紋というのは、特にチョウやガで本来の眼ではないところに形成される眼そっくりの紋のことです。例えば、ジャノメチョウの仲間の成虫の翅には、名前の由来になっているほど「眼」がたくさんあります。



ヒメウラナミジャノメ成虫の眼状紋(Wikipedia: photo by Alpsdake


一方でアゲハチョウやスズメガの幼虫にも眼状紋が出現するのはよく知られています。日本では、ナミアゲハやビロードスズメ、アケビコノハの幼虫の眼状紋が有名です。



ナミアゲハ幼虫の目状紋(Wikipedia: photo by Alpsdake


アケビコノハ幼虫の眼状紋(Wikipedia: photo by Almandine


 さてこの「眼状紋」はどのように進化してきて、そしてどういう役割をもっているのでしょうか?成虫の眼状紋は翅に見られるのでそこを頭と見せかけ捕食者の攻撃をそらす役割があることが論じられています。しかし、幼虫や蛹ではどこの部分をやられても致命的なのでこの仮説はあてはまりません。


伝説の生態学ジャンセンDaniel Janzen)が、コスタリカの森林からチョウ・ガの幼虫と蛹にたくさんのタイプの眼状紋を美しい写真とともに紹介し、その起源について独自の仮説を披露しています。


 北西コスタリカのグアナカステ保全地域(ACG)において30年間にわたって、5000種以上45万頭の鱗翅目幼虫・蛹のインベントリーを作成してきた(現在も続いているプロジェクト→Caterpillars, pupae, butterflies & moths of the ACG)。この中から、36種の幼虫と蛹を写真で示し、その体表にあらわれる「偽の眼」を紹介する。



幼虫(左)と蛹(右)に現れる「偽の眼」(→Janzen et al. 2010より)


 熱帯域に生息する鱗翅目幼虫や蛹に多く現れる「偽の眼」は、鳥類による捕食から逃れるために進化してきたと考えられる。鳥類は、ヘビなどの天敵による捕食圧によって「眼」に対する逃避行動を生得的にプログラムされており、これによって鱗翅目幼虫や蛹に「偽の眼」が進化し維持されていると考えられる。


 幼虫・蛹に見られる「偽の眼」の特徴および、その意義や進化的背景に関する仮説は以下の通りである。


1)「偽の眼」は葉巻きなどのシェルターに隠れた幼虫や蛹により多く見られる。捕食者(鳥類)が幼虫や蛹を探してシェルターを開いた時、シェルターに引っ込むよりもむしろ「偽の眼」や「偽の顔」のある方をわざと向ける。このような行動は、ACGに生息するセセリチョウ科100種以上に見られる。


2)「偽の眼」はシェルターに隠れない大型幼虫にも見られるが、普段は「偽の眼」は目立たない。捕食者の接近に反応して強調される。


3)「偽の眼」は通常、隠蔽的な色彩をもち遠目には目立たない幼虫や蛹にあらわれる。


4)「偽の眼」は決まった特定の形や色をもたない。ヘビの目や鱗に非常に似せたものから、単なる1対の円や点による顔状パターンを示すものまでさまざま。


5)「偽の眼」は本物の目に由来するわけではない。胸部の気門(空気を取り込む器官)はしばしば蛹の「偽の眼」となりうる。


6)「偽の眼」は通常、幼虫の頭部か腹部先端、蛹の前方にあらわれる。これらは採餌中の捕食者が最も遭遇しやすい部位である。


7)「偽の眼」はしばしば異なる角度で色や形の組み合わせることで騙しの効果を高めている。例えば、同じ「偽の眼」でも異なる角度(上下逆)から見ると違う顔をあらわれる。


8)「偽の眼」は、ACGに生息する鱗翅目のうち体長2〜10cmの幼虫や蛹を含む大型種を含む科から、わずか1〜2cmの小型種を含む科まで、ほとんどすべての科にあらわれる。1〜2cmの小型種は、ヘビに擬態するには小さすぎるが、しなやかな動きと「偽の眼」によって小型の鳥類の反射的な逃避行動を引き起こすだろう。


9)「偽の眼」は多数の系統から独立に進化してきた。しかし、セセリチョウ科とスズメガ科のように幼虫や蛹に「偽の眼」をもつ多くの種を含むグループでは、収斂よりも「偽の眼」を一度獲得したものから進化してきたと思われる。


10)「偽の眼」は熱帯以外の幼虫(アゲハチョウ科、スズメガ科)にも少ないながら見られる。ただしこれらは、熱帯からの渡り鳥の捕食圧にさらされている。つまり、熱帯域におけるシンドロームは、鳥類への捕食圧が低い熱帯域外や生息地にまで拡大しているかもしれない。


11)幼虫や蛹を背面や横側から観察することが多かったため、「偽の眼」は見過ごされてきたかもしれない。


 最近まで鳥類による学習など経験を重視した擬態の進化研究がなされてきた。遺伝的な、つまり生得的な鳥類の行動に注目することで擬態研究へのより一般的な理解が促進されるだろう。


文献
Janzen DH et al. (2010) A tropical horde of counterfeit predator eyes. PNAS 107:11659-11665.


 Introductionの後にDiscussionがくるという特異な論文の構成など、異色の博物学者ジャンセンらしい論文でした。これまでチョウの成虫などの眼状紋に関する研究が多かったのですが、幼虫や蛹にも確かに多く見られる模様です。しかも何の眼を模しているのかイマイチはっきりしないのも多く、この特定のモデルを持たないというところに注目し、真面目に論じたのがこの論考なのです。成虫や幼虫でヘビの眼や顔にそっくりに似せている種類については、鳥類をびっくりさせる効果が高いことが論じられてきましたが、中途半端に似せた「眼」も含めて論じられることはほとんどなかったわけです。


ジャンセンはこれまで数々の生態学・進化学の仮説を提唱してきた碩学ですが、昔ながらのスタイルで今なおこうした論文を発表しているところが特筆すべきところです。


ちなみにジャンセンはかなりのイモムシ(蝶・蛾)好きで知られており、学術論文にとどまらず写真集まで出しているほどです。


100 Caterpillars: Portraits from the Tropical Forests of Costa Rica

100 Caterpillars: Portraits from the Tropical Forests of Costa Rica


 もちろんイモムシ好きの人には眼状紋はもっとも気になる存在のようで、日本のイモムシやケムシ図鑑の表紙には必ずといって良いほど「眼状紋」のある幼虫の写真が使われています。


イモムシハンドブック

イモムシハンドブック

イモムシハンドブック 2

イモムシハンドブック 2

イモムシハンドブック 3

イモムシハンドブック 3

庭のイモムシ・ケムシ

庭のイモムシ・ケムシ

道ばたのイモムシ・ケムシ

道ばたのイモムシ・ケムシ

イモムシ・ケムシは手足をどう使うか

 新緑の季節です。新しい葉は柔らかく、いかにもおいしそうです。つまり、葉を食べる虫たちにとっては待ちに待った季節なのです。


 昆虫少年時代、イモムシやケムシはあまり好きではありませんでした。しかし、大学院生になって、生態学や進化学の視点から新たな目で見たイモムシ・ケムシは、鱗翅目や膜翅目広腰亜目の幼虫であり、その形態的多様性に魅了されました。


 大阪の地元でもケムシ・イモムシが多いことで有名な公園に行ってきました。9年ぶりに訪れたのですが、当時以上に大発生していました。中でも多かったのは、マイマイガです。マイマイガは大発生時には、どんな植物の種類でも食べることができるほど広食性を示します。展望台のベンチにすわってお弁当を食べているといつの間にか頭や首筋に多数が這い上がってくるほどです(さすがに気持ち悪いです)。9年前に訪れた時はキアシドクガというクマノミズキで大発生していた種類がいましたが、今年はそれほど多くはありませんでした。



マイマイガ


キアシドクガ


マイマイガに限らず、鱗翅目幼虫なら何でもござれの場所で、春に産卵するキリガ類、シャクガ類の幼虫がたくさん見られました。蛾の成虫は図鑑で比較的容易に同定可能なのですが、幼虫の方はなかなか難しいのが現実です。しかし、昨今は「イモムシハンドブック」の出版によって、身近な種類については容易に同定できるようになったように思います。もちろん、インターネット上の「みんなで作る蛾類図鑑」は欠かせません。最近はスマートフォンの普及で、ある程度種類の検討がつけば現地で画像検索して、野外で直接絵合わせすることさえ可能になりました。


イモムシやケムシの形態がどのように進化してきたのか、いろいろ妄想たくましくする中、やはり図鑑などで種名を調べて行くのが基本となります。「イモムシハンドブック」だけでは、メジャーではない種は難しく、今は絶版になってしまった「日本産蛾類生態図鑑」を復刊してくれないかと切に願います。それでも20年来お世話になっている師匠の助けをかりて種名を調べたり、色々な行動を観察しました。



キシタバ(シャクガではないけどシャクトリムシの歩き方でしかも速い!下の動画参照)


オカモトトゲエダシャク(鳥の糞に似ていると言われるけれどこの季節糞以上によく目にする)


チャイロキリガ(白い幼虫でかえって目立つ)


クワゴマダラヒトリ(典型的なケムシ:毛に毒はない)


 イモムシは脚が多いことが大きな特徴かと思います。しかし脚の数は分類群や種によって大きくことなることが知られています。鱗翅目(チョウ・ガ)幼虫の基本は、胸部にある3対の胸脚、そして腹部第3節から第6節にある4対の腹脚、腹部第10節にある尾脚の合計8対です。ハバチ類(膜翅目広腰亜目)の幼虫は5対以上の腹脚があります。「尺取り虫」として親しまれているシャクガ科幼虫は腹脚の多くが退化しており、1対と尾脚のみになっていることが多いです。他にも、カギバ科幼虫では尾脚が退化していたりします。



典型的な鱗翅目幼虫の形態(Sugiura & Yamazaki 2006より)


マイマイガの形態(典型的な鱗翅目幼虫の脚数をもつ)


チャバネフユエダシャクの形態(典型的なシャクガ科の形態:一部の腹脚が退化している)


この脚の数というのは、イモムシ・ケムシの歩き方と強い関係があります。公園の手すりにはたくさんのイモムシ・ケムシが歩いていたのでちょっと撮影してみました。その歩行行動をじっくりご覧ください。



Walking behaviour of caterpillars
イモムシ・ケムシの歩行行動(動画 YouTube より)


 このようにイモムシ・ケムシの歩行には腹脚がとても重要な役割を果たしています。また、シャクガ幼虫のように草木や芽に隠蔽擬態する場合は1対の腹脚と尾脚が体を支えるのに重要な役割を果たしています。



トビモンオオエダシャク幼虫の擬態のポーズ(枝上でこれをやると先端が芽のように見える)


このようにイモムシ・ケムシの腹脚の使い方の多様性についつい目がいきがちですが、胸脚と呼ばれる「真の脚」は人の手や指なみに器用なことが知られています。


 この季節、山道のあちこちで気からぶら下がっているイモムシやケムシを見ることが多いと思います。天敵に襲われそうになったり、風に揺られたりして草木から落ちる時、口から吐く糸を命綱として用います。このまま地面に降りてしまうと地上を徘徊する怖い天敵の餌食になってしまうかもしれません。そこで、糸を使って元いた場所に戻る必要があります。なんと、ぶら下がった幼虫は3対の胸脚を器用に使って糸を登って行くのです。



糸をたぐり寄せて登るオカモトトゲエダシャク幼虫


 鱗翅目幼虫は吐糸(口から出す糸)を命綱として寄主植物からぶらさがることはよく知られている。幼虫は元の場所に戻るために、胸脚を使って糸を巻き取りながら登る。この時、(1)腹部を左右にくねらせながら登る行動、もしくは(2)体をシャクトリムシのように動きながら登る行動が観察された*1。特に(1)の行動は腹脚の数などの違いがあるにも関わらず5上科6科に見られた。この行動は各上科に独立に進化したというよりも二門類(鱗翅目の98%の種が含まれる)の祖先で獲得された可能性がある。



いろいろな鱗翅目幼虫で吐糸を巻き取りながら登る様子(胸脚に糸玉が見られる)



イモムシの糸登り行動/Lifeline-climbing behaviour of caterpillars


文献
Brackenbury J (1996) Novel locomotory mechanisms in caterpillars: life-line climbing in Epinotia abbreviana (Tortricidae) and Yponomeuta padella (Yponomeutidae). Physiological Entomology 21:7-14.


Sugiura S & Yamazaki K (2006) The role of silk threads as a lifeline in caterpillars: pattern and significance of lifeline climbing behaviour. Ecological Entomology 31:52–57.


 イモムシが胸脚を使って糸玉を作りながら登ってゆく行動はなかなかユニークです。ただし、胸脚を使ってもっとすごいことをするシャクトリムシがいますが、これは以前紹介しました(参考:ハワイの珍奇なる虫たち(1)肉食しゃくとりむし)。ハワイでしか見ることができない捕食性のシャクトリムシです。胸脚でエサを捕らえて食べてしまいます。この場合、体を固定するのに腹脚と尾脚も重要な役割を果たしています。



アリを胸脚で捕らえて食べるハエトリナミシャク



Carnivorous Caterpillars | World's Weirdest


 イモムシやケムシの生態や行動にはまだまだおもしろいことが隠されているはずで、生態学・進化学をもっと勉強して研究につなげていけたらと思っています。


イモムシハンドブック

イモムシハンドブック 2


上記2冊はとにかく写真がきれい。蛹や成虫の写真も同時に掲載されていて人気なのも納得です。同定間違いがあるというレビューもありますが、幼虫は弱齢と老齢では別種のように違うことも多いので、いろんな図鑑を見比べて勉強していくしかないように思います。もちろん正確に種を同定するには幼虫を大切に育てて成虫を羽化させることが大切です(DNAバーコーディングを使って手軽に同定できる未来がすぐそこまで来ているかも?)。


庭のイモムシ・ケムシ

道ばたのイモムシ・ケムシ


上記2冊は「みんなで作る蛾類図鑑」を元に出版されたようです。普通種を中心に紹介されているので、「イモムシハンドブック」と掲載種がけっこう重複しています。


日本産幼虫図鑑


 鱗翅目幼虫だけでなく、他の昆虫の幼虫も多数掲載。以前から使用していたものの、新しい職場にはなかったので改めて購入しました。やはり幼虫はナチュラリストの基本ですね。

*1:クモ類の一部は回収した糸を食べることが知られていますが、鱗翅目幼虫はそのまま捨ててしまいます。

日本語論文のオープンアクセス

 去年末に日本生態学会誌で出版された特集記事「種間相互作用の島嶼生物地理」はオープンアクセスになっています。


日本生態学会誌 62巻3号
http://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AN00193852/ISS0000485113_ja.html


オープンアクセスというのは、学術論文を誰もが無料で閲覧可能な状態になることです。海外の雑誌ばかりでなく日本語論文でも最近はその取り組みが盛んです。やはり税金で多くの研究費がまかなわれていることを考えれば、出版された論文(情報、知見)は専門家以外の人たちにも無料でアクセス可能な形になっておくのは大事なことだと思います*1


日本生態学会誌では、出版後CiNii上にてオープンアクセスになるのですが、これまでは論文を画像PDFとしてダウンロードできる形でした。しかし、編集長らの努力で、最近は文字検索が可能なOCR(テキスト認識)形式でダウンロードできるようになって大変便利になりました。自分で書いた論文がきれいなPDFでダウンロードできるようになるのは嬉しいものです。


また、日本生態学会誌では、編集長がウェブを通じて各号の紹介も行われています(編集長からのメッセージ)。編集後記のようで良い取り組みだと感じます。


参考文献
時実象一 (2005) 電子ジャーナルのオープンアクセスをめぐる議論と対立論文. 情報社会試論 10: 80-92. (PDF:53KB

*1:米国ではNIH(米国立衛生研究所)の研究費を使った成果(論文)はすべて発表後1年以内に公衆に無料でアクセスできる状態にすることが義務化されています。

研究留学の手引き

 6年ほど過ごした関東を離れ、およそ9年ぶりに関西に戻ってきました。3月いっぱいで前職を辞して、心機一転新しい住居、新しい職場で再スタートしたからです。関西に戻ってきたといってもはじめて住む町なので、全く新しい人生を歩むような気分です。引っ越し直後は桜が満開だったので、新入生や新社会人のように新鮮な気持ちで新しい生活をはじめています。



 さて、関東での最後の仕事としてとある学会の会報作り(編集作業)に従事しました。その会報の中で、今年の1月に行ったシンポジウム『生態学者の研究留学』の内容を特集記事としてまとめました。シンポジウムの講演者お三方に原稿を執筆していただき、加えて現在留学中の方々にも寄稿していただきました。合計7名の研究留学体験記を読めるような形にしたというわけです。


生態学分野に限らず、これから研究留学を考えている人、いつかはしたいと思っている人などの良い手引きになるのではないかと考えています。



生態学者の研究留学』


 世界的に自国以外の高等教育・研究機関で学ぶ学生が増え続けています.また,国内で学位を取得後に国外の研究機関でキャリアを積まれる方も増えています.生態学分野も例外ではありません.自国の教育・研究機関で学んでいても研究フィールドが海外であったり,また,海外の研究機関との共同研究を実施したりという機会も多くなってきました.そこで,これから研究留学や海外での研究を考えている人たちに向けて,2013 年1 月12日(土)に首都大学秋葉原サテライトキャンパスにて日本生態学会関東地区会のシンポジウム『生態学者の研究留学』を開催しました.シンポジウムでは,海外での留学経験をお持ちの研究者3 人の方をお招きし,それぞれ40 分から60 分ほどの講演をお願いしました.
(中略)
いずれの講演者のお話も,自身の体験談をもとにしながらも一般化することで,これから研究留学を考えている人への適切なアドバイスとなるものばかりでした.当日は大学院生をはじめとした若手を中心に約40 名が参加され,活発で意義ある議論ができたと感じています.


 本地区会報の特集記事として,シンポジウムでお話していただいた内容をもとに原稿を執筆していただきました.そして,本来は海外留学中の現役の方にお話を伺いたいと思っていました.しかし予算の都合上,海外からお招きできることはできませんでした.そこで,この特集記事では,その新鮮な留学体験を原稿としてお伝えするべく,4 名の方々に執筆をお願いしました.
(中略)
異なる体験談はまた,それぞれの国や身分に応じて,どのような奨学金を利用して海外留学を体験できるのかを紹介したちょっとしたガイドにもなっていると思います.これから研究留学を考えている人にとってお役に立てば企画者冥利に尽きます.


日本生態学会関東地区会会報 61号(注意:6.8MB)より一部を転載)


 執筆者の方々にはお忙しいところ原稿執筆を快諾していただいたことに感謝申し上げたいです。


続きは以下ウェブサイトからダウンロード(無料)して読めます。


日本生態学会関東地区会会報 61号(注意:6.8MB)
http://www.esj-k.jp/assets/files/pdf/kaiho/no.61.pdf

妖精の輪と悪魔の庭

AFPBB Newsより
『「妖精の輪」、実はシロアリが原因』



Fairy circle(Wikipedia より:by Thorsten Becker)


 アフリカの草地に「妖精の輪(Fairy circle)」と呼ばれる、円形の「裸地」が出現する現象は古くから知られていたそうです。これはシロアリの一種 Psammotermes allocerus による「除草」によるものであるという仮説がこれまであり、最近サイエンスに出版された論文ではその仮説を支持しているということです。シロアリは草本の根っこを食べて結果枯らしてしまうそうです。下記のリンクに「妖精の輪」の画像がたくさん見られますが、これらがシロアリによって形成されたと思うと感慨深いものがあります。


Creators Of Mysterious African 'Fairy Circles' Found


Juergens N (2013) The biological underpinnings of Namib desert fairy circles. Science 339:1618-1621.


このような独自の景観を作り出すのがシロアリというのも興味深いですが、熱帯林やアフリカ・南米の乾燥地でシロアリが重要な生態系機能を担っているのはよく知られたことです。


そしてシロアリとは全く分類群は異なりますが、アリもまた重要な生態系機能を果たす昆虫です。多種多様な樹木が生育するはずのアマゾンの熱帯林の中に、特定の樹木(アカネ科の Duroia hirsuta)のみが生育する「悪魔の庭(Devil's garden)」と呼ばれる林分が知られています。このような場所は、D. hirsutaと共生関係にあるコンボウアリ属の一種 Myrmelachista schumanni が他の樹種に蟻酸を注入し枯らしてしまうことで形成されることが知られています。


Frederickson ME et al. (2005) ‘Devil’s gardens’ bedevilled by ants. Nature 437 495–496.


Frederickson ME, Gordon DM (2007) The devil to pay: a cost of mutualism with Myrmelachista schumanni ants in ‘devil’s gardens’ is increased herbivory on Duroia hirsute trees. Proceedings of the Royal Soceity B 274: 1117-1123.


 ある種の生態系を作り出す生物を生態学者は「エコシステム・エンジニアecosystem engineer)」と呼ぶことがありますが、シロアリやアリはまさにその定義に当てはまる虫たちでしょう。

どこまで復元すべきか

ナショナルジオグラフィックニュース
絶滅した動物は復活させるべきか?


 DNA情報から絶滅種の復元を目指すという映画「ジュラシックパーク」にも登場したアイデアについて、より現実的に考えた場合の議論です。これは何も絶滅種の復元だけに限らず、生態系の復元や保全生物学でも常に考えるべき問題でしょう。


例えば、小笠原の自然を復元する時でも、どの段階、どの時代の生態系の回復を目指すべきでしょうか。外来種を完全に排除(根絶)するのが目標でしょうか。それとも、とりあえずは侵略的な外来種のみを排除するのが目標でしょうか。それとも、人が入植する以前の状態を目指すべきでしょうか。人が入植する前には、海鳥の繁殖地だったはずで、人を島から追い出さない限りはその時代への復活は難しいでしょう。


そもそも生態系には常に一定の状態(平衡状態と呼ぶ)があるのでしょうか?


古くは、ある気候帯や地域には放っておくと遷移が進んで一定の森林(極相林)が形成されると考えられてきました。しかし近年の研究によって、必ずしもそういう平衡状態が期待されないことがわかってきました。つまり、時間の変遷とともに景観もまた変わってきてるということです。


種の保全についても、かろうじて野生絶滅が免れている状態を維持することでとりあえず満足するか、はたまた本来その種が持っている生態系機能を発揮できるほどの密度にまで回復する努力するか、その達成目標によって大きく異なります(参考:オオコウモリによる種子散布:密度が減ると機能しない)。


生態系の保全や復元を目指す時、共通認識として目標が設定されていないと、その成果に対する評価は人によって全く異なってくることになるでしょう。

温帯より熱帯の方が特殊化が起こりやすいか?

 緯度の低下とともに種数が増加するという現象はよく知られています(参考:ラポポートの法則(Rapoport's Rule):緯度の増加とともに分布域は広がる?)。そして、関連する現象として、「ニッチ幅は緯度が低いほど狭くなる」というパターンがあります(参考:熱帯ほど生物の種間関係が深い)。


 ニッチ(生態的地位)は、種が生息可能で、個体群を維持できる状態のことを示します(参考:ニッチ保守性)。各種はそれぞれのニッチ幅をもっており、その幅が広い種、狭い種がいます。そして、「ニッチ幅は緯度が低いほど狭くなる」というのは、チョウやワシタカといった各生物群で、温帯性の種より熱帯性の種の方が平均してニッチ幅が狭いという現象を指すことが多いでしょう。


このパターンと生じるメカニズムを詳細に検討したVázquez & Stevens(2004)によれば、この概念はもともと、米国の伝説の生態学者ロバート・マッカーサーRobert MacArthur)が、その遺作となった「Geographical Ecology: Patterns in the Distribution of Species」(邦訳『地理生態学―種の分布にみられるパターン』)の中で述べられたものだとしています*1


上記の仮説に関連するものとして、例えば、植食性昆虫の寄主特異性が温帯より熱帯で高いということが2009年に『Nature』誌にて報告されました(参考:熱帯ほど植食性昆虫の寄主植物特異性は高いか?)。チョウとガ(鱗翅目)の分類群ごとの幼虫の飼育データから、寄主植物の種数、属数、科数を緯度別に比較し、熱帯でより少ないという頑強な結果でした。もちろん、新大陸(北中南米)における特定のグループ(鱗翅目)だけの研究ですので、マッカーサーが想定したようなより一般的なパターンが確実になったというわけではありません。


 オープンアクセス出版の『PLoS ONE』誌で2011年に発表された、ハチドリ類と訪花植物との関係を緯度系列との関連から検討した研究をまず紹介してみます。



ミドリハチドリ(Wikipedia より転載:author: Mdf, Edited by Laitche


 赤道を挟んで南緯23度から北緯38度の地域において、ハチドリ2種以上と訪植物2種以上を含む31のハチドリ−訪花植物ネットワークを解析した。


特殊化の程度は、シャノンのエントロピーに由来する指数H'(http://rxc.sys-bio.net/)を用いた。H'は0から1の値をとり、値が1に近いネットワークほど特殊化の程度が高く、0に近いほど特殊化の程度が低くなることを示す。


加えて、具体的に特殊化を駆動してきた要因が何かを明らかにするために、過去の気候(第四紀の最終氷期以後の気候変化速度)と、現在の気候(年平均気温、年平均降水量、気温の季節性)、ネットワークサイズ(ネットワークに含まれる種数)を説明変数として検討した。


結果、緯度の上昇とともに特殊化の指数H'は低下した。つまり、温帯よりも熱帯の方が特殊化している傾向が見られた。緯度は、ネットワークの特殊化の地域差の20−22%を説明していた(在来種のみで20%、外来種を含んでも22%)。


駆動要因を検討するためのモデル選択を行った結果、現在のネットワークの特殊化の程度は、ネットワークサイズと年平均降水量に伴って増加し、逆に過去の気候変動速度が大きいほど減少していた(つまり過去の気候が安定している地域ほど特殊化の程度が高まっていた)。ネットワークサイズが最も重要な要因で、次に過去の気候変動速度、現在の年平均降水量がそれに続いた。


文献
Dalsgaard B et al (2011) Specialization in plant-hummingbird networks is associated with species richness, contemporary precipitation and Quaternary climate-change velocity. PLoS One 6:e25891.


 ハチドリの特殊化の程度は、緯度系列でみた時、マッカーサーが想定したパターンを支持していました。加えて、特殊化を駆動する要因についても検討されています。緯度というのは、何らかの歴史的、地理的、気候的な要素を反映しているわけで、緯度勾配を生み出す要因としてそれらの要素を検討したということです。特に、熱帯地域は、しばしば氷河の侵食を受けた温帯地域と違って、長い時間にわたって気候が比較的安定したと考えられています。つまり長期間の気候の安定性が特殊化の生じる進化的な過程に影響を与えていると考えられてきました。実際上記の研究では、第四紀の最終氷期以降の気候の安定性が特殊化を促進してきた可能性が示唆されています。


しかし、ハチドリは新大陸にしか分布しないため、鱗翅目昆虫の寄主特異性における研究と同様に新大陸だけで見られる現象という可能性がぬぐい去れません。また、植物の方からみた時には、ハチドリだけが送粉ニッチを決めるパートナーではありません。ほぼ同時期に『Current Biology』誌にて、世界中の訪花性動物を含めたより広い送粉ネットワークに関する研究が発表されました。


 合計282の送粉ネットワーク(開花植物と訪花動物の複数種同士の相利共生関係)および種子散布ネットワーク(植物とその種子を散布する鳥類の複数種同士の相利共生関係)について、ネットワークにおける特殊化の程度と緯度との関係を解析した(世界80地域、送粉ネットワーク58地域、種子散布ネットワーク22地域)。



図. 解析の対象となったネットワーク(▼が送粉ネットワーク:▲が種子散布ネットワーク:色が濃いほどH'が高い、つまり特殊化の程度が強い)(Schleuning et al. (2012) の図1Aより)


ネットワークの特殊化の程度は、シャノンのエントロピーに由来する指数H'(http://rxc.sys-bio.net/)に加え、結合度(connectance)、種あたりの平均リンク数、シャノン多様性指数と関連するd'として植物側の特殊化および動物側の特殊化の程度についても用いられた。


さらに、特殊化を駆動してきた要因が何かを明らかにするために、過去の気候(第四紀の最終氷期の最寒冷期以後の気候変化速度)と、現在の気候(累積年気温、年降水量、蒸発散量、最大蒸発量)、局所植物多様性、地域植物多様性による影響を検討した。


結果、送粉と種子散布の両ネットワークにおいて、あらゆる指数について緯度が低下するほど特殊化の程度が減少していることが示された。また、新世界(南北米大陸)と旧世界(その他の地域)のそれぞれので類似したパターンが見られた。このような結果は、従来考えられていた熱帯ほど特殊化するというパターンとは真逆である。


特殊化の程度と過去の気候変化速度との関係は、種子散布ネットワークについては見られたが(過去の気候が安定している地域ほど特殊化の程度が高まっていた)、送粉ネットワークでは見られなかった。また、現在の気候との関係は両方のネットワークで見られ、気温が高いほど特殊化の程度は弱まっていた。そして、いずれのネットワークにおいても、特殊化の程度は地域および局所の植物多様性に強い影響を受けており、植物多様性が高いほど特殊化の程度が弱まっていた。


特殊化の程度が強いほど、ネットワーク全体の安定性が高まることが一般的に知られている。このため、上記の結果は、特殊化の程度の低い熱帯の方が特殊化の程度が高い温帯より、種の絶滅に対する耐性が強いことが示唆される。



文献
Schleuning M et al. (2012) Specialization of mutualistic Interaction networks decreases toward tropical latitudes. Current Biology 22:1-7.


 こちらの結果はハチドリと訪花植物との関係とは逆に、温帯よりも熱帯で特殊化が弱まっていることが示されました。これは訪花動物だけでなく、訪花植物の方の両方の特殊化の程度をみても同じでした。加えて、種子散布を行う鳥類と植物の関係でも同じパターンが得られたことが特筆すべきことでしょうか。


 しかし、世界中の送粉ネットワークのデータを集めて解析したのはこの研究だけではありません。Olesen & Jordano (2002)、Ollerton & Cranmer (2002)、Trøjelsgaard & Olesen (2013) も同様に世界中のデータを使って緯度に沿った送粉ネットワークの構造を解析しています。これらの研究も、温帯と比べて熱帯では必ずしも特殊化が起こっているわけではないとしつつも、温帯の方が特殊化しているというパターンを検出するには至っていませんでした。


 これらの異なる結果をどう捉えたら良いのでしょうか?そもそもハチドリという特定分類群に絞った研究と、ハチドリ以外の鳥、昆虫(ハナバチ、チョウ、ガ、ハエなど)など花を訪れるものをすべて考慮に入れた研究とを同列に比較するには無理があるかもしれません。ハチドリの嘴と訪花植物の花の構造には互いへの適応が働くため、過去の気候が安定した地域で共進化を通じた特殊化が高まってきた可能性があります。


一方、雑多な共生者たちとの緩い関係は、現在の気候条件に強く影響されていました。これは、ハナアブのような日和見主義的な送粉者なら、その時々の気温に直接影響されているといえば想像しやすいかもしれません。また、熱帯域では、送粉者や種子散布者の寿命や活動時期の長くなることで、それらが利用する植物の種が増えやすいということも論文で論じられていました。


『Current Biology』誌上でOllerton (2012) が批評しているように、上記の研究すべてに当てはまりますが、使用されているデータの多くは緯度系列にそって特殊化が起こっているかどうかを検証するために設定され得られたものではありません。加えて、新大陸のデータがやはり多く、他の地域が少ないという偏りも指摘されています。そもそも種数を推定するにもちょっとした採集努力では飽和しません(参考:種数の定義稀な種とは何か)。種数が異なる熱帯と温帯で、同じようなサンプリング努力で推定された種数と種間相互作用の比較は困難です。種数さえ推定するのが難しいのに、種間相互作用数やそのネットワーク構造を正確に推定するのはより難しいのは当たり前のことでしょう。


参考
Dyer LA et al. (2007) Host specificity of Lepidoptera in tropical and temperate forests. Nature 448: 696-699.


Olesen JM, Jordano P (2002) Geographic patterns in plant-pollinator mutualistic networks. Ecology 83:2416-2424.


Ollerton J (2012) Biogeography: Are tropical species less specialized? Current Biology 22: R914.


Ollerton J, Cranmer L (2002) Latitudinal trends in plant-pollinator interactions: are tropical plants more specialised? Oikos 98:34-350.


Trøjelsgaard K, Olesen JM (2013) Macroecology of pollination networks. Global Ecology and Biogeography online published.


Vázquez DP, Stevens RD (2004) The latitudinal gradient in niche breadth: concept and evidence. American Naturalist 164:E1-E19.


 緯度系列にそった特殊化のパターンがあるかどうかは、これまでの研究が示唆するように、ギルドや分類群によるのだと思います。ただ、近年熱帯でも大規模な生態学研究が行われるようになってきたので、「既存のデータのかき集め」ではなく、この仮説を検証できるようなデータセットが収集される日がくるような気もします。

*1:マッカーサーの本を改めてチェックしてみましたが、ぼんやりと述べているだけで、あたりまえですがVázquez & Stevens (2004)の論文の方がより明確に述べられています。ちなみに、Vázquez & Stevens (2004)の時点では、この仮説を支持する強力なデータは得られていないとしています。

「Graphical abstract」とは

 去年の夏くらいに論文をやりとりしている中で、査読者の一人*1から「Graphical abstract」というのを作成するように言われました。知らない用語だったので、調べてみると、Abstract(摘要)が簡潔な文章の要約または抜粋であるのに対し、論文の結果を代表できるような1枚のプレートで表現できるような図を「Graphical abstract」と呼んでいるようでした(参考:Graphical abstracts)。これまで生態学・進化学ではそれほど一般的なものではなかったと思います。



「Graphical abstract」の一例


昨今は図書室で新刊の雑誌をパラパラと直接見るよりも、雑誌のウェブサイトや電子メールで送られてくる目次などでタイトルと摘要 をチェックすることの方が多くなったように思います。ちょっと専門外の分野・材料(生物群)になると、英語のタイトルと摘要だけでは、非英語圏の研究者にとっては使用されている英単語がなかなか馴染みがありません。一読でどういう研究かを理解するのは困難です。そういう場合でも、「Graphical abstract」という図や写真が読者の判断や理解を助けるのは間違いありません。


特に、生態学や進化学の場合、どういう生物を扱っているのかを写真ででも記してもらえば一目瞭然のことも多いでしょう。Elservier出版では「Graphical abstract」と呼んでいますが、他の雑誌では、直接そういう名前で呼ばなくても、写真や図を摘要と一緒に載せているサイトも増えつつあるようです。今後どういう呼び名であれ、定着していけば良いなあと個人的には思っています。


 生物の進化や系統学などを扱っている『Molecular Phylogenetics and Evolution』誌は、さまざまな分類群の生物が登場するのでこの試みは割と成功しているように感じます。


『Molecular Phylogenetics and Evolution』の目次(リンク


 Eleservier出版以外ではまだそれほど一般的ではありませんが、生物の生態と進化を扱うオープンアクセスの『Ecology and Evolution』誌でも写真を多く使われており、個人的にはチェックしやすいと思います。


『Ecology and Evolution』の目次(リンク


 毎日山のように論文が出版され、インターネットの普及によってそれぞれにアクセスが容易になりつつあります。個々の論文がいかに読まれるかは著者の努力にかかっているでしょう。論文の内容が第一なのはもちろんですが、タイトルや摘要だけでなく、1枚の図でいかに興味を惹き付けるかも重要になってくるかもしれません。

*1:査読者でそんな要求をするなんて初めてでしたので、たぶん編集者が査読者の一人としてコメントしたんだろうと思います。

小学生にサイエンスはできるか?

 数年ぶりに風邪をひいてしまいました。仕方なく自宅で安静にしていた時に興味深いテレビ番組を観ました。


 スーパープレゼンテーションという番組です。各界のユニークな演者が15分ほどプレゼンを行うというTEDの動画を日本向けの語学番組として紹介したもののようです。


その中で、小学生でもサイエンスを研究することが可能で、実際に英国の小学生25人が行ったマルハナバチの研究が、『Biology Letters』という英国王立協会の学術誌に掲載されたというプロジェクトについての講演がありました。2年ほど前に日本の新聞でも取り上げられたので覚えている人も多いかもしれません(参考:英小学生のハチの研究、実は大発見 権威ある学術誌に掲載)。もちろん、論文はプロジェクトを率いたBeau Lottoという研究者によって執筆されたのですが、図は小学生の書いた図や感想文がそのまま掲載されたりして、なかなかユニークな論文となっています。


講演では、小学生によるプロジェクトがどのように進行していったのか、Lotto自身の語りとともに小学生の一人もトークを行っています。論文掲載への道のり(リジェクト、著名な研究者によるコメント、査読、そしてアクセプト)についてもジョークを交えて語られているので研究者にとっては参考になるかもしれません。


スーパープレゼンテーション「みんなの科学(子供も大歓迎!)」
(上記リンク先では日本語字幕スーパーで観ることができます)



Beau Lotto + Amy O'Toole: Science is for everyone, kids included
スーパープレゼンテーションの元になっているTEDの動画


 科学研究の論文というのは、いくつか決まった手続きがあるため、小学生だけで掲載まで至るのは難しい側面があります。こういう研究は、「どうせ大人が話題作りに小学生を利用して行っただけなんだろう」といううがった見方をしてしまう人もいるかと思います。しかし、考えてみれば、この論文に限らず、生態学の研究では、論文の元になる実験・観察データそのものは、実は小学生でも簡単にとることができるのではないでしょうか。加えて、変に偏見がない分、シンプルで一般性のあるアイデアを思いつく可能性もあります。


 私自身、大学の卒業研究で最初に行った研究は、小学生の頃の自由研究と何らか変わるものではありませんでした。ガの幼虫を飼育して、そこから羽化してくる寄生バチや寄生バエを記録し、専門の先生に送って種を同定してもらい、寄生率を集計しただけのデータでした。それでも、既出版の関連する論文を読んで、科学論文の手続きを踏んで論文を書き上げることができました(『Biology Letters』に掲載されるほどのレベルには到底及びませんでしたが・・・)。


 論文執筆の難しいところは、アイデアがどれだけユニークか、また得られたデータがこれまでの知見ととどう違うのか、そして相対的にどういう価値があるのかを客観的に記す必要があることです。しかし、シンプルな規則を覚えればあとは興味のある限り情熱をもって続けることが可能な、将棋や囲碁、プログラミングなどでは、大人に負けない実力を持つ小学生が現れています。そういう意味でも、高価な機器を必要としない分野では、子供でも重要な科学的発見がなしえるようにも思えます。


文献
Blackawton PS (2011) Blackawton bees. Biology Letters 7: 168-172.


 子供が疑問に思うことを丁寧に聞いていけば、ユニークな研究へのヒントが得られるかもしれませんね。

植物が粘毛によって虫を捕獲し捕食者を誘引する

 植物なのに昆虫などを捕らえてエサにする。本来、独立栄養生物なのに、動物のように捕食者にもなりうるという食虫植物は大変ユニークな存在です。ダーウィンもその生態に興味を持ち、モウセンゴケの葉がタンパク質などに対して反応することを実験的に示唆するなど、食虫植物の本まで書いています(Darwin 1875 Insectivorous Plants)。



世界の食虫植物(世界の食虫植物を見に行った気分になるお気に入りの写真集です)



モウセンゴケは、葉の長い毛の先端から粘液を出して、さまざまな昆虫を捕らえることができます。私自身、昆虫好きということもあって、そんなモウセンゴケを見るだけで今でも興奮してしまいます。そういう影響もあって、昆虫と植物の相互作用を研究テーマに決めた大学院生の頃、選んだ対象に選んだのはモチツツジという植物でした。


モチツツジの葉や茎、萼には長く粘る毛がたくさん生えていて、それに羽や脚を捕らえられた昆虫が多く死んでしまいます*1。そんな昆虫遺体を食べるカスミカメムシを研究し、最終的に論文としてまとめることができたのは良い想い出です。



モチツツジ上で死んでしまった昆虫たち(Sugiura & Yamazaki (2006) の図1より)



昆虫遺体を食べるモチツツジカスミカメ


 カスミカメムシ以外に興味深かった昆虫として印象的だったのは、サシガメの仲間です。サシガメ類は比較的大型で脚も長いため、粘毛に捕われることなくモチツツジ上を歩き、遺体を食べたり、生きたガの幼虫などを食べていました(厳密には体液を吸汁します)。このようにモチツツジはサシガメ類にとって良いエサ場だといえました。調査地ではサシガメ類はカスミカメに比べてそれほど密度が高いわけではなかったので、研究対象にはしませんでしたが、モチツツジの粘毛と捕食性昆虫との間には何か興味深い関係があることはうっすらと感じていました。粘毛が寄生蜂群集に与える影響(Sugiura 2011)について少し考えた以外は、他に具体的に検証できるような仮説は思いつきませんでした。



昆虫遺体を食べるシマサシガメ


 最近米国の研究グループが、粘毛をもつ植物上で、昆虫遺体を食べにきたサシガメ類などの捕食者が植食者を減らし、さらにその植物の繁殖成功にまで影響を与えうるという新たな仮説を提唱し、野外実験により検証することに成功しました。


 一年生草本であるキク科の一種(Madia elegans)は粘着性のトリコーム(以後粘毛と呼ぶ)をもつため、植物上にはしばしば節足動物の遺体が見られる。この植物の花芽は、スペシャリストの植食者ヤガ科の一種(Heliothodes diminutiva)の幼虫による食害を受ける。植物上の粘毛密度が高いほど、季節を通しての節足動物遺体が増える。遺体が多いほど、遺体を食べかつ生きた昆虫も食べるサシガメ科の一種(Pselliopus spinicollis)の産卵数が増加する。


 粘毛によって節足動物遺体が増加し、それらを食べる捕食者が誘引され、結果として植食者の密度が低下し、食害率および果実(種子)生産が増加するという仮説を検証した。



図. 粘毛による遺体増加がもたらすトップダウン効果


 カリフォルニア大学の自然保護区(Stebbins Cold Canyon Nature Reserve)において、82植物個体を選定し、そこからランダムに選んだ41個体に5個体ずつのショウジョウバエの遺体を追加し、その他41個体に対照区として死体を加えなかった。この実験の結果、遺体を追加した植物では、対照植物よりもサシガメの産卵が増え、クモの個体数も増え、結果、ヤガ幼虫による花芽の食害が減って、果実生産が増えた。


さらなる実験として、28植物個体のうちランダムに選んだ14個体(2個体は幼虫が行方不明になったため解析から除去)に生きたヤガ幼虫を1個体追加し、その他14個体に対照区としてヤガ幼虫を加えなかった。結果、幼虫を加えた植物個体では対照植物よりも花芽の食害が増え、果実生産が減少した。


 以上の結果より、粘毛による節足動物遺体の増加によって、遺体も食べる捕食者が増え、そのエサとなる植食者が減少し、さらに植物の繁殖成功度にも影響を与えていた。


Krimmel BA, Pearse IS (2013) Sticky plant traps insects to enhance indirect defense. Ecology Letters, online published.


 一般には、粘毛は植食者に対する植物による物理的な防衛の一種だと考えられてきました。維管束植物の約20〜30%の種には(多かれ少なかれ)粘毛があるそうですが、実際、物理的な防衛になっているという証拠はそれほど多く知りません。私が研究したモチツツジ上でも、確かにアブラムシやグンバイムシという吸汁タイプの植食者には粘毛が有効に働いていそうでしたが、ガの幼虫などには一方的に食べられているような印象がありました。そういう意味でも、粘毛にはさまざまな意義が考えられるだろうし、実際あると思います。今回は、粘毛の意義について新たな仮説が提唱され、奇麗に検証されたのには驚きました。


 機会があれば、粘毛植物や食虫植物と昆虫との相互作用について、再び研究してみたいなあと、思い出させるような論文でした。

*1:モチツツジも捕らえた昆虫から栄養源を得ていれば食虫植物と考えられます。しかし、遺体を溶かす消化酵素は発見されていませんし、窒素安定同位体比を調べた研究によって昆虫を主な栄養源とはしていないことが明らかにされています(Anderson et al. (2012